特別な死を与えられた4人とは?
今回勉強したのは、「薄雲」。『源氏物語』で最も優れた女性であり、光源氏が一番愛した女性である、藤壺が、死ぬ。
〈ゆっくり〉と講座名にあるとおり、池田先生は、一つ一つの言葉を辞書のように丁寧に訳していく。一番後ろの席で受講していたのだが、説明は聞き取りやすく、古文になれていない身にとっても、スピードがちょうどよい。
死に瀕した藤壺は37歳。厄年である。池田先生によれば、厄年という概念は平安時代からあるとのこと。十二支の暦の廻る順番プラス1が厄年。つまり、13歳、25歳、37歳、61歳。37歳の藤壺は、厄年を迎え、今まさに死の床についているのである。
藤壺と源氏は、誰にも言えない大きな秘密をずっと共有してきた。源氏が18歳のとき、父帝の妻である5歳と少し年上の藤壺と不義の関係に陥り、藤壺は罪の子を、帝の子として産み落としたのだった。
それが今の帝の冷泉帝。天皇の子ではないのに、天皇になってしまったのだ。 冷泉帝はこのとき、まだ自分の父が源氏とは知らない。そのことを池田先生はこう説く。
「本当の父が源氏であることを、この時まだ、帝は知らないのです。知らないということは、親に対する孝行ができないということです。それは天皇の汚点になる。このように深く重層的な意味を『源氏物語』は言葉のひとつひとつに含ませているのです」
そして、藤壺は死ぬ。「燈火などの消え入るやうにて」と原文に書かれていた。 これは燈火が消えるように藤壺が亡くなったということ。池田先生によれば、『源氏物語』の死の記述は非常にあっけなく、おおかたは「はかなくなりぬ」のみ。それには、仏教の世界観が影響しているという。
人間のいのちは一木一草と同じ、死すれば自然に帰るだけ。しかしここでは、「燈火などの消え入るやうにて」と、描写が付加されている。じつはこのように死について特別な描写がされているのは4人しかいないという。
その4人とは、藤壺、紫の上、柏木、大君。紫式部は、その4人に〈特別な死〉を与えたのだ。