731部隊は果たして悪魔集団だったのか?

常石敬一神奈川大学名誉教授「731部隊とは」(その4)

戦時中、中国の満州で、細菌戦に使用する生物兵器の研究・開発のために、捕虜やスパイ容疑で拘束した多くの中国人、モンゴル人、ロシア人などを、マルタ(実験材料となる人々の呼称)と呼び、人体実験の犠牲とした731部隊(関東軍防疫給水部本部)。731部隊研究の第一人者である常石敬一神奈川大学名誉教授は3年前、神奈川大学定年退職の時にこの研究を一度終えた。しかしその翌年の2015年、防衛省が大学などの科学技術研究への補助金を創設したという報道を受け、再び研究を開始させた。

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戦時中、中国の満州で、細菌戦に使用する生物兵器の研究・開発のために、捕虜やスパイ容疑で拘束した多くの中国人、モンゴル人、ロシア人などを、マルタ(実験材料となる人々の呼称)と呼び、人体実験の犠牲とした731部隊(関東軍防疫給水部本部)。731部隊研究の第一人者である常石敬一神奈川大学名誉教授は3年前、神奈川大学定年退職の時にこの研究を一度終えた。しかしその翌年の2015年、防衛省が大学などの科学技術研究への補助金を創設したという報道を受け、再び研究を開始させた。

軍事予算の中で731部隊が育っていった過程を明らかにしたい

8月に放送されたNHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」は大きな反響を呼んだ。人体実験の非人道さはもちろんだが、医学界と軍部とのかかわりの深さは72年の時を経ても、人々に衝撃を与えた。同番組の製作に協力したのが、テロップ冒頭に名前の出た常石先生だ。じつは常石先生は3年ちょっと前に神奈川大学を定年退職した時、731部隊の研究は終えるつもりだったという。

「もう3年ちょっと前に神奈川大学を定年で辞めた時、もう731の研究はやめよう、と思って、いろいろな資料を捨ててしまったんです。でもまたやろうと思ったのは、2015年の春に、防衛庁が軍事予算を科学研究に回すということを言い始めたから。それはやっぱりマズイんじゃないの、と。そこでもう一度、731部隊のことをきちんと研究しなおして、どのようにして軍事予算の中で731部隊が育っていったかということを見る必要があるなと思ったんです」

NHKスペシャルの報道後、ネットでは731部隊についての書き込みも増えているが、常石先生が強調したいのは、「731部隊も、それに参画した科学者も、けっして悪魔ではない」ということだ。

誰も人体実験は好きではなかった

「731部隊は人体実験が好きな悪魔集団だった、という人がいるけれど、彼らはけっして人体実験が好きなわけではなかった。だからこそ、徹底的な分業にして、それぞれの隊員が何の作業を行っているのか見えなくした(「なぜ731部隊は罪悪感なく人体実験ができたのか」参照)。また、第2代部隊長で人体実験を数多く行った北野政次も、流行性出血熱の実験はわずか50人の規模でした。

石井の上にいたのが、東条英機、石原莞爾、永田鉄山などの軍部重鎮。彼らは生物兵器は必要だと思っていたけれども、人体実験には興味はなかったんです。東条英機も最初のうちは人体実験の映像を見ていたが、そのうち見るのも嫌になって見なくなった。でも予算はつけた。役に立つと思ったんでしょう、実際、日本兵の流行病の原因をすぐ突き止めてくれるわけですし。

人体実験が悪魔の所業なら、種痘を開発したエドワード・ジェンナーも悪魔かもしれない。自分の子供を使って実験したという美談になっているけど、本当は孤児院の子を使ってやった人体実験だった。つまり、“悪魔”なんて簡単に決めつけることなどできないのです」

科学者に悪魔も神もいない

「科学者というのは必ずしも善人である必要はないんです。必要なのは有能である、ということだけ。神のように善人で無能な科学者は存在しないし、悪魔のように邪悪で無能な科学者は存在しない。有能で神のように善人な科学者、有能で悪魔も驚く邪悪な科学者。これを両極端として、その間に多数の科学者がいる。

石井は徹底的な分業と巧みな人事で、そういった科学者たちをうまく使いこなした。それがオーガナイザーとしての石井のすごいところ(「なぜ731部隊は罪悪感なく人体実験ができたのか」)。そして、そうした石井を東条英機は使いこなしたんです。そこに人体実験が是か非か、とか、好きか嫌いか、など入り込む余地はないんです。731部隊を“悪魔”とレッテル貼りすることは、731部隊とは何だったのかを解明する目を曇らせてしまうのです」

軍民両用技術はどこにいくのか

「“デュアルユーステクノロジー”といって、軍事的な目的にも、日常の民生的な目的にも使える技術を開発しようという流れがあります。731部隊で石井の右腕だった内藤良一に、私はインタビューしたことがあります。1981年、自宅を訪ねると、彼はあらかじめ鉛筆書きのメモを用意していました。そこには、731部隊の成果として、『乾燥人血漿(輸血代用)、濾水器、ペニシリン(碧素)、BCG(乾燥)、ペストワクチン、発疹チフスワクチン、コレラワクチン、破傷風血清』と書かれていました。

彼は、これらの成果は軍事目的で開発されたが民生用としても役立っていること、今でいえばデュアルユースであることを伝えたかったのでしょうが、それはあくまでも結果論でしかないのです。

そもそも、それらはすべて世界ですでに開発されていたもので、戦争で鎖国状態になっていたから自前の開発が迫られたというだけのものではないでしょうか(「731部隊の生物兵器研究は果たして役に立ったのか?」)。戦争のために、そうした無駄な研究に優秀な科学者の頭脳が使われるとすれば、それこそ無駄なのではないか、と思うのです。

第2次世界大戦でナチスドイツは毒ガスを開発しながら使用しませんでした。それはヒトラーが第1次大戦でマスタードガスでひどい目に遭ったからという話もありますが、ひとつには当時アメリカで有機塩素系の論文が出なくなったから、ということもあります。ナチスドイツが開発していたのは有機リン系の毒ガスでしたから、ヒトラーはアメリカは有機塩素系の毒ガスを開発しているものと思い、使用を取りやめた。しかしアメリカが開発していたのは、発疹チフスの流行を抑えるためのDDTだったんです。

生物兵器を開発する過程で自らの身を守るためのワクチンが生まれる一方、病気の蔓延を抑えようとして薬品が開発される。どちらが本来の目的なのか」

する立場、される立場、傍観する立場で考える

「戦争がさまざまな発明をもたらす、という側面を無視することはできません。なぜなら、戦争ともなると、どの国も持てるエネルギーと持てる資源を全部そこに集中して投入するからです。たとえばアメリカは1942年からたった3年間で原爆を作った。どれくらい集中投下したかというと、原爆の材料を作るのに全米の電力の10分の1を注ぎ込んだ。それくらい資源と人と金を注ぎこんだから3年で原爆ができた。でなければあんな短期間には作れなかったでしょう。戦争というのはありとあらゆるものを総動員する。だから平時では決してゆるされないいろいろな側面が出てくるんです。

今、神奈川大学で『科学と戦争と人々――満州731部隊の歴史と素顔』という講座をやっていますが、単に731部隊の歴史に触れるだけにはしたくない。どうしたらもっとリアリティーをもって731部隊のことを知ってもらえるだろうかと考えて、関わった人の証言を聞いて、考えていくという講座にしました。

もし自分がする方だったら。される方だったら。傍観する立場だったら。果たして傍観するだけでも罪に問われるのか。そうしたことを考えてほしいと願っています」

〔あわせて読みたい〕 
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取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子)

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