竹宮惠子氏講演「問題作『風と木の詩』ついに連載まで」 

マンガはなぜ人を惹きつけるのか(その3)@明治大学リバティアカデミー

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少年のベッドの周りに衣服が散らばっている光景

こんなに描きたかったものなのに、「風と木の詩」は発表まで7年という歳月を必要としました。しかし結果としては、知識や技術、知りたいことを溜め込む有意義な7年だったと思います。

「風と木の詩」は問題作であるという自覚はありましたから、だれに何を言われてもきちんと答えられる自分でありたいと思っていました。問題作だから失敗できない、作家生命にかかわるという自覚と不安。しかしそんな心配よりもまずは連載できることのほうが100倍も重要。掲載されれば何かが変わる、そんな自信もありました。しっかりとした自分のスタイルと、資料と、テーマに 対する作家としての自覚を持って、問題作「風と木の詩」に臨もうと思っていました。

初めてヨーロッパ旅行に出かけたときのことも『少年の名はジルベール』に書きましたが、その後も毎年のようにヨーロッパへ出かけ、例えば列車の写真集や図版集などでその構造を学ぶなど、さまざまな資料を集めました。 

「ファラオの墓」のヒットを受けていよいよ「風と木の詩」の掲載が決まりました。「この1回しかチャンスがない」、そう思うと身が引き締まる思いでした。そんな“キワキワな状態”で描いていることが魅力を生み、何よりも読者を説得できる作品になったのだと思います。

初掲載のカラーページは、少年のベッドの周りに衣服が散らばっている光景でした。散らばる衣服、片方は裸のまま。こうした表現自体が当時は珍しかったのです。

振り返ってみれば「鉄腕アトム」も「サイボーグ009」も、キワキワな状態で大胆なチャレンジをしてきた作品です。「ブラックジャック」も危ない表現のある作品ですが、その挑戦が魅力のひとつでもあります。

人はなぜ、マンガに惹きつけられるのでしょう。同調性? インパクト? わかりやすさ? いろいろあるけれど、私の個人的経験を突きつめていけば、「巧妙なアバターの創造と操縦」、「作者の〈何を表現したいのか〉という真実」、そして「そこに込められたキワキワの思い」なのではないでしょうか。

今、マンガは世界へ飛躍しています。言葉が理解できなくても意が読み取れるマンガは、私の予測の範疇を超えて、国境を超えていきました。

現代においてマンガは、描く人・読む人両方にとって「必要欠くべからざるもの」です。人は、自分の本音を問うたり、恐れや疑いを晴らしたりするためにマンガを読みます。マンガを読むことによって、人は悩みや歓びを共有して、全く会うことがなくても互いが同じであること、あるいは違うことを確認できるのです。 

残念ながらマンガは、どんなに熱量を込めて描いていても、ビジネスとして優秀なものではありません。時にヒット作も生まれますが、たいていは商売としては見合わないことが多すぎるのが、マンガというものです。

でも、それも、マンガが人を「惹きつける」理由の一つ。商売度外視の「盛り」があってこそ、マンガなのです。

なぜならそこには、伝えようという思いがあるから。震えるほどに伝えたいと思うことは、いつか必ず伝えられると信じて疑わない信念があるから。結局、その伝えたいという思いの強い人が、社会を揺るがすマンガを描けるのだと思います。 (了)

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私をマンガに導いてくれた3冊
焚き付けにした少年探偵団マンガ

〔質疑応答で〕最後に質疑応答がありました。その中で、「マンガを世界に広めていくなかで障害になっていること」を質問された方がいました。竹宮先生の答えは、日本の読者は気づかないことでした。世界中のマンガファンの一番の悩みは、「オノマトペ」(擬声語)だとおっしゃったのです。たしかにマンガにはたくさんのオノマトペが出てきます。日本語は一字一音のため、「音」を言葉に表現するのが容易。たとえば、ドアを開ける音を「ガチャ」などと表現できるけれども、なかには、「ドアを開ける」というような言葉でしか表現できない国もあるとのこと。竹宮先生は、世界中の一般のマンガファンが、この問題に取り組むのをじっくり待っていたいとのことでした。

取材講座データ

マンガはなぜ人を惹きつけるのか 明治大学リバティアカデミー公開講座(中野校) 2017年1月14日

2017年1月14日取材

文/露木彩 写真提供/明治大学

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