そもそも幸せとは?
「幸せからイメージすることは何か、幸せだと感じるのはどのような時か。一方、不幸と感じるのはどのような時か、それぞれ書き出してみてください」
アンケートの回答を見ながら、「皆さんの予測どおり、ご回答は皆が同じということはありませんね。」と言った後に、大室先生はこう続けた。
「不幸というと病気を挙げる人がいますね。ただ、例えば癌だと言われショックを受け不幸と感じても、それがごく初期段階のものであると診断されたらどうでしょう。現在は早期発見すれば命にかかわらないことが分かっているので、ハッピーですよね。つまり、幸せとは通常は相対的なものなのです。この相対的なものが、他と自分の比較なのか、自分の中での比較なのかで幸せの感じ方も違ってしまいます。」
つまり、幸せは一人一人違うものであり、定義づけられるものでもないという。
「幸せは一人一人異なるので、幸せの基礎の1つである心身の健康を維持・増進すること、それにより健康寿命を延伸するために、いま武蔵野大学しあわせ研究所で活動しています。」(大室先生)
一目ぼれをした時に分泌される物質も
「『幸せになる』という効能・効果の医薬品はありません。しかし、幸せを感じさせる物質を増やすような生活習慣(バランスの取れた食生活を含む)や考え方はあります。」
幸せの基礎となる健康には、体の健康と精神の健康がある。今回の講座では精神の健康も含めたお話しがあった。
体内で働く、幸せ(多幸感を含む)を感じさせる物質として有名なのは、βエンドルフィンやセロトニン、ドーパミン及びオキシトシンなどである。
βエンドルフィンは、脳内で機能する神経伝達物質の1つで、モルヒネと同様の作用を示す。内在性の鎮痛薬であり多幸感をもたらすため、「脳内麻薬」とも呼ばれる。マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚する「ランナーズハイ」は、この物質の分泌によるものという説がある。
セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれる。必須アミノ酸(体内で十分量が合成できないため食品として摂取が必要なアミノ酸)の1つのトリプトファンから体内で合成される神経伝達物質で、ヒトでは主に生体リズム、神経内分泌、睡眠、体温調節などに関与する。
ドーパミンは「快楽ホルモン」等とも呼ばれる。中枢神経系に存在する神経伝達物質で、興奮時に分泌されるアドレナリンなどのホルモンの元となる物質である。フェニルアラニン(必須アミノ酸)やチロシン(アミノ酸)から合成される。運動調節、ホルモン調節・感情等に関与する。
オキシトシンは「友愛ホルモン」「愛情ホルモン」等とも呼ばれる。脳下垂後葉から分泌されるホルモンで、9個のアミノ酸からなるペプチドホルモンである。赤ちゃんを抱いたり、赤ちゃんや愛犬などと目が合った時や、一目ぼれをした時に分泌される物質である。つまり、相手を思いやることで分泌が促進される。
これらの物質は幸せだと感じさせてくれる物質であり、特にオキシトシンはストレスを緩和する効果があるという。
オキシトシンはなぜ「友愛ホルモン」か
アメリカの健康心理学者、ケリー・マクゴニガル博士によると、オキシトシンは他者との親密な関係を強めるような行動を促すため、私たちに誰かを進んで助けたり支えたりしてあげたくさせる効果がある。また、ストレスから心血管系を守ってくれる働きもあるという。
ストレスを受けると心拍数が増え、血管は収縮する。しかし、オキシトシンが分泌されると、心拍数は増えたままでも血管は収縮しないため、心血管系へのダメージが低減される。
実はオキシトシンとはストレスホルモンの1つである。つまり、ストレスを受けるとオキシトシンが分泌され、その結果、誰かと繋がりたいと思い、同時にストレスの影響から心血管系が守られる、ということだ。
こう考えると、ストレスは敵ではなく、むしろ味方なのではないかと思えてくる。
「幸せは心の持ちよう、考え方次第です」と大室先生。そして、幸せを感じさせる物質を増やすような生活習慣(バランスの取れた食生活を含む)や考え方(相手を思いやる等)をすることが、私たちが幸せになる秘密なのだ。
◆取材講座:武蔵野大学しあわせ研究所特別講座「しあわせになる薬はあるか?」(武蔵野大学公開講座・三鷹サテライト教室)
取材・文/加地花百(武蔵野大学文学部2年)