【憲法を考える】国民の権利は主張し続けないと失われかねない

日本国憲法を考えよう

子供から老人までその存在を知らない人はいない『日本国憲法』。しかし実際に世論調査をすると、その内容を誤解している人が多いのだという。憲法の伝道者として活躍している伊藤真弁護士は、日本女子大学の公開講座で、私たちがつい見失いがちな憲法の理念について、鋭く指摘した。

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子供から老人までその存在を知らない人はいない『日本国憲法』。しかし実際に世論調査をすると、その内容を誤解している人が多いのだという。憲法の伝道者として活躍している伊藤真弁護士は、日本女子大学の公開講座で、私たちがつい見失いがちな憲法の理念について、鋭く指摘した。

納税の「義務」を「権利」と誤解している人が47%も

日本女子大学で「男女共同参画社会に向けて──働く女性の人権を守る弁護士の立場から」と題した講座が開催された。法律家として憲法価値の実現に取り組んでいる伊藤真弁護士が、日本国憲法の保証している国民の権利について熱く、かつ理路整然と語った。そこで明らかにされたことは、「私たちは憲法のことがよくわかっていない」ということだ。

それを物語るのが、NHKが5年に一度行っている「日本人の意識調査」だという。NHKは日本人の意識がどう変わったのかを調べるために、1973年から5年ごとに社会・経済・政治・生活などについて、同じ質問、同じ方法で世論調査を重ねている。直近の調査は2013年のもので、全国の16歳以上の3,070人から回答が得られたという。設問のひとつに「国民の権利」についての知識を問うものがある。一緒に答えてみてほしい。

Q:憲法によって、義務ではなく国民の権利とされていると思うものを以下の6つの選択肢からいくつでもいいから選んでください。
1:思っていることを世間に発表する。
2:税金を納める。
3:目上の人にしたがう。
4:道路の右側を歩く。
5:人間らしい暮らしをする。
6:労働組合をつくる。

あなたの答えはどうだろうか。正解は、1の「表現の自由」、5の「生存権」、6の「団結権」だ。しかし実際の回答はこうなっている。

生存権(人間らしい暮らしをする)78%
「納税の義務」(税金を納める)47%
表現の自由(思っていることを世間に発表する)36%
団結権(労働組合をつくる)22%

納税は“国民の義務”なのに“国民の権利”だと思っている人が2人に1人いるのだ。税を納めるのも納めないのも当人が決めればよい、ということだろうか。恐ろしいのは調査を始めた1973年より正答率が下がっているということだ。1973年の結果を赤字で示すとこうなる。

生存権(人間らしい暮らしをする)70%78%
「納税の義務」(税金を納める)34% 47%
表現の自由(思っていることを世間に発表する)49%36%
団結権(労働組合をつくる)39%22%

「40年の間に“納税の義務”を“権利”だと勘違いしている人が1割以上も増え、“表現の自由”を“権利”だと知らない人も1割以上増えてしまいました。私たちは以前より権利と義務の区別がつかなくなっているんです」(伊藤弁護士。「 」内以下同)

私たちは、憲法について「無知」になりつつあるのだ。

私たちは“権利”という言葉を誤解していないか

権利とは何なのだろうか。伊藤弁護士は熱く語る。

「日本国憲法は1947年5月3日に施行され、70年が経ちました。なのにいまだに権利と義務の区別がつかないどころか、誤解が広がっています。また、生存権のような国に守ってもらうものは“権利”だと認識できていますが、「表現の自由」のように権力に立ち向かうものは“権利”だと認識しない傾向にあります。

また、“権利”という言葉を私たちはしばしば誤解して使っています。『あの人権利ばかり主張してるね』とか『権利権利とうるさいなあ』とか。英語で“権利”は“right”でしょう? その意味は“正しいこと”ですよね。私たちの先祖は幕末まで“権利”という言葉を知らないでいました。それを日本に持ち込んだのは、西周(にしあまね)と福沢諭吉です。

彼らは西欧の“right”という言葉に触れ、この概念を日本に普及させようと、“権理”と訳したんです。“理”は“ことわり”、道理という意味です。ところがそれがいつのまにか“利益”の“利”に変わって、“権利”となり、自分に利するように主張することといった、非常に利己的なイメージがついてしまいました。その誤解を解かないと、憲法に書かれている“権利”は正しく理解できないのです。

“権利”とは正しいこと“人権”とは、人として正しいこと、という意味です。憲法は第14条で、『すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない』と規定しています。性別で差別されないことは、“正しいこと”なのです。男女共同参画は70年前から“正しいこと”で、実現されなければならないことです。

注意しておかなければならないのは、“権利”というのは、主張していないと、消えてなくなってしまうものだということ。私たちは憲法が保障する“国民の権利”をつねに主張し続けなければならない。そして政府に“国民の権利”を守らせるのが、『日本国憲法』なのです」

伊藤真
いとう・まこと 弁護士・伊藤塾塾長・法学館法律事務所所長
1958年生まれ。1981年に司法試験に合格、1982年東京大学法学部卒業。法学館法律事務所を設立し、所長を務める。憲法や法律を使って社会に貢献できる人材の育成を目指し、1995年伊藤塾を開塾。また、書籍・講演・テレビ出演などを通して憲法価値の実現に努めている。NHK「日曜討論」「仕事学のすすめ」、テレビ朝日「朝まで生テレビ」などテレビ出演多数。『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか―48歳からはじめるセカンドキャリア読本』『私たちは戦争を許さない』等著書多数。

◆取材講座:「男女共同参画社会に向けて──働く女性の人権を守る弁護士の立場から」(日本女子大学公開講座)

取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)

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