「学びと私」コンテスト 12月はこんな作文が集まっています![1]

12月の一次審査通過作文/「学びと私」作文コンテスト

12月31日に締め切りとなる第5回「学びと私」作文コンテスト。1次審査を通過して第5回金賞候補作になった作文のうち一部をここで紹介します。12月の第5回のテーマは「語学を学んで」。12月末日締め切りです!

  • 公開 :

学びと私コンテスト

12月31日に締め切りとなる第5回「学びと私」作文コンテスト。1次審査を通過して第5回金賞候補作になった作文のうち一部をここで紹介します。12月の第5回のテーマは「語学を学んで」。12月末日締め切りです!

50歳からの中国語

 1983年の正月、電子部品メーカーに勤めていた私は、台湾高雄工場への赴任を命ぜられた。50歳という年齢から、家族を残しての単身赴任となった。当時の台湾は国民党の支配下にあり、戒厳令下の重苦しい雰囲気だったことを覚えている。海外駐在員の生活はどの勤務地でも変わらないと思うが、休日は駐在員仲間とゴルフの後サロンでのカラオケというパターンが決まりだった。私もそうした事情を聞かされていて、ゴルフバッグを抱えての赴任だったが、二度ほどゴルフ練習場に通っただけで、ゴルフは自分には合わないと諦めた。せっかく海外駐在という貴重な体験の機会を得ながら、日本人同士の付き合いに終わるのでは、勿体ないという思いだった。
 駐在員寮の小母さんに頼んで、中国語の先生を探してもらったところ、近所に日本語を習いたい女子高生がいるから、中国語と日本語を教えあったらと紹介されたのが、日本の短期大学への留学を目指していた高校二年の林さんだった。週に二回、夕食後に寮に来てもらい、台湾の小中学生の教科書を主体に、テープに録音してもらっては勉強した。工場では日本語世代の女性の通訳が付いていたのだが、出来るだけ現地の人と直接話すことを心掛けたので、間もなく日常会話はなんとか通じるようになった。ただ中国語で文章を書くことを目指していたので、林さんや通訳の張さんに日本文の中国語訳を推敲してもらった。ただ50歳からの語学というのは、聴く力がなかなか付かないもので、やはり若い時にもっとやるべきだったというのが反省である。
 台湾駐在は6年半で終わったが、帰国後に海外貿易開発協会に登録したところ、台湾の中堅企業への技術指導の依頼があり1年半従事、その後は中国への進出を検討していた中堅商社に顧問として席を与えられ、古稀近くまで中国語を生かすことができた。 語学を学ぶというのは、予想以上の時間を費やすもので、しかも中途半端では役に立たない。大学時代に学んだのはドイツ語だったが、卒業後にドイツ語を使う機会が全くなかったから、殆ど無意味な学習時間だったと思う。使う機会の多かった英語にもっと時間を割くべきだったかもしれない。
台湾駐在の日から三十余年、必要とされる外国語事情も大きく変わった。50代と40代の息子達は気軽にヨーロッパや中国に仕事で行く。英語を使えば仕事には差し支えないのだろうが、現地の言葉が出来ると出来ないとでは意思の疎通に大きな差が出るのではと懸念している。まして実用だけならAIの発達で一定水準の語学力が誰でも持てる時代がすぐそこに来ている。これからは大きな仕事をするには、他に抜きんでた語学力が求められるのだろうと息子達には話している。

雀部信夫さん(84歳)/東京都

学びと私コンテスト

 

語学の学びはテレビ、ラジオ講座で

 語学は英語が一番入りやすく、実用的あると思われている。その英語は誰もが長く習っている。しかし、ほとんどのものは会話ができないようである。会話ができないと、面白くない。逆に会話ができると、興味が沸いてやる気が起こる気がする。どのようにして会話ができるようになるのかであるが、これは、文法だけでなく、発音や分の流れを汲み取らなければならないとなると非常に難しい。
 英語は中学、高校、大学と学んできているし、入試英語に集中し、その後はあまりやっていないものがほとんどのように見受けられる。なぜなのかというと、英語を使う機会が少なく、一部のものを除いては必要を感じないからであろうと思う。海外留学や、海外勤務のものは別として、一般には勉強しょうとしても、その学び方がもう一つ分かりにくいのが率直な思いであろう。
 わたくしも、会話が出来て少しでも外国人と話しが通じたら素敵と高齢になっても思うのであるが、どのように勉強したらよいのかわかりにくい。英会話教室に行っても、短期間では身につかないであろうし、またものにならないだろう。聞くところによると、中学生ぐらいの英単語、文法でもかなりの会話が可能らしいが、その接近が難しいのが現状だろう。
 わたくしは、テレビの大人の基礎英語、ラジオの通信高校講座で英語を学んでいるが、今まで、英語は読み書きで行ってきているので、聞き取っての学びはなかなか出来ないので、なじみにくいというのが率直な見解である。これには、一つのヤマを越えることが必要と感じた。何事も、一山を超えると不思議と出来るようになってくることも、語学以外で経験しているし、このことも語学にも通じることと思う。
 そこで、耳からの学習をいかに習得するかであるが、これには、慣れが一番であろうが、そのためには、辛抱強く、「習より慣れろ」の心がけが大切である。
 ここで、やはりテレビのほうがラジオより効果的と考えられる。それは聞くだけでなく、見ることも手助けしてくれるので、聞くことの大変さが緩和されることになり、理解しやすくなる。しかし、テレビよりラジオのほうが英語に関する番組が多い。見て聞いて書くことが本来の姿であろう。しかし、ここでも、話すということが出来ない。これには学校に行くことしかない。話すということは一定レベルでないと、できないので、なお難しい。なお難しいが、それがないと、面白さ、実用性が感じられないことからもわかる。
 その話せる様になる手前の聞くことに専念し、そこでの、楽しさを見つけ、上達に向かって、数多くのテレビ、ラジオを通じて語学力の向上を目指していきたく思う。そして、ある程度の力が付けば、映画や物語を理解できることを目指していきたい。  話すとなれば、日本語を英語流の日本語に直してから(主語、動詞、目的語の順序や、表現の仕方等)になるので時間は少しかかるが面白くもあるだろうとも思った。
 例えば、「とても助かりました」というには、日本語ではあまり気にしない主語として貴方を、そして大きな助けであったという形を思い浮かべ、YOU WERE A BIG HELPとなるわけである。この変換作業があり、会話の応答に少し時間がかかっているのであろう。

うみやまかわおさん(70歳)/滋賀県

学びと私コンテスト

 

個性あふれるロシア語の学び

「ロシア語は語順がないので、ロシア語を始めようという方にはぴったりです」
大学入学の際、第二外国語を選ぶ際のガイダンスである。そうか、語順がないのか…。
英文法と聞くと、一ミリのミスも許されず、完全無比な正確性を求められた私は、ロシア語を学習することに非常に魅惑的に映った。偶然だが、戦時中、祖父がソ連の捕虜で捕まっていたことも何かの縁に感じた。
初回の授業は前評判通り、「マドンナ教授」の名前が似合う、美形の先生だった。教え方が丁寧で、実に分かりやすい。しかし難点は格変化。男性名詞、女性名詞、中性名詞、実に18種類もあり、それら全てが男性、女性、中性の区分けがされなければならなければならなかった。
ガイダンスじゃ一言も格変化があると言わなかったのに…。何だか騙されたような気分だった。
とは言え、ロシア語は受講者が少ないこともあり、どこか和やかな雰囲気だった。「ロシアに行けば単語さえ話せば十分通る」と話す教授がいたり、まだ教材が整備されておらず、何故か妻が亭主の尻に敷かれ続ける模範テキストをカセットテープで聴いていたりした。カセットテープは決して音質は良くないが、どこか異国情緒を思わせ、「ロシアってどんなところなんだろう?」と思いを馳せたりした。ロシアはバレエや演劇が盛んな国柄だ。暇さえあれば詩を生みだし、弾圧に遭いそうものならアニェクドート(皮肉)を考えるイメージだ。そんな少々根暗な国民性や文化の源泉にどっぷりと浸かってみたい。そう思い、ロシア語ロシア文化専修に進むことにした。
露文科と聞くとロシア語がかなり話せる印象だが、決してそんなことは無かった。幸い、第二外国語のロシア語選択者が少なく、ロシア語選択者以外にも積極的にロシア語ロシア文化専修を受け入れていた。 こうして、ロシア語ロシア文化専修は計8名でのスタートだった。2年次では「まずロシア語の基礎を叩き込む」といったことは一切無く、相変わらずアットホームな雰囲気だった。
著名なロシアの演出家が演出ノートを借りて、日本語に翻訳してみる、といった授業が日々行われていたり、ロシア思想史では、ある一人の人物を取り上げ、教授がまるで知り合いのように「この人はホントに気難しくてねえ…」と楽しそうに喋り出したりと、どこか家庭的な雰囲気を感じさせた。ともすれば、「これを世の中にどれだけ還元できるか」という合理性より少し隔絶した、「そもそも文学とは?」ということの、物事の本質を追求出来たような気がする。 残念ながら18種類の格変化は未だに忘れてしまった。しかし、ロシア人に宿題で課されたロシアアニメの歌ははまだ思い出すことも出来、不思議な縁を感じる。
そろそろ冬だ。ロシアはきっと寒いだろう。嘘か誠か分からないが、冬場では酔っ払い過ぎてウォッカで倒れて凍死した人を何人も見掛けると聞く。きっと迷信だろう。演出ノートを日本語に翻訳している際、黒いシミがあり、教授が事もなげに「ああ、たぶん俳優が演技に怒って、ボールペン折った跡ですね」と言いだしてきて、そういうところがロシア人を嫌いになれないと思う瞬間である。

ほっぴーさん(32歳)/神奈川県

学びと私コンテスト

 

(一部の作文で編集室が文字の修正、タイトル付けをしています)

過去の「学びと私」コンテストの金賞作品はこちらから
10月(第3回)の金賞3本が決定しました
9月(第2回)の金賞3本が決定しました
8月(第1回)の金賞3本が決定しました

 

学びと私コンテスト

-教養その他
-, ,

関連記事