子ども施策の効果は見えにくい
森田先生は、「子どもの貧困」問題の難しさのひとつに、「子ども施策の効果が見えにくい」ことをあげる。
「社会的支援の施策はもともと評価しづらいものなのですが、とくに対象が子どもとなると、その難しさがさらに増します。それは子どもは大きな可能性を持っているからです。
施策を利用して能力が伸びても、子どもがもともと持っていた力でそうなったのか、施策によるものだったのかがわからない。しかも何によって評価するのかも難しい。体の大きい小さい、成績の良い悪い、そういったものだけで評価すべきものではありません」
それが最もよく表れるのが、教育における社会的支援である。
「小学校、中学校の義務教育の時期は何とかなるのですが、高校に進学したり、大学への進学を考え始めると、経済問題が大きな問題になってきます。
しかし、「子どもの貧困」が連鎖されないようにするためには、高校・大学の問題は避けて通れない問題となっています」
能力のある子ほど、社会と深くかかわるほど、相対的貧困の壁に阻まれる
現在、高校進学率は98%に達しているため、高校まで進学するのは当然のこととなっている。しかし、そこで問題になるのが、部活動などの費用や塾などの教育費だ。諦めなければならないことがいっきに増えてくるのである。
学力やある方面に能力のある子であればあるほど、また、社会と深くかかわるようになればなるほど、今の状態を継続するための経済力という壁にぶつかることとなる。この壁こそが、現代日本の〈相対的貧困〉の壁だ。
生活保護受給世帯であっても、世帯分離をして、奨学金で生活できるのであれば、大学への進学は認められていたが、やはり経済的な問題から生活保護受給世帯の進学率は低い。
現在、高校卒業者の大学などへの進学率はここ20年で1.8倍となり、男子の52.1%、女子の56.9%が大学に進学している。しかし、生活保護世帯に限ると、大学進学率は19.2%。そこには大きな格差がある。
そこで厚生労働省は今、生活保護受給世帯から大学に進学する子どもへの給付金創設を検討している。おそらく年内にはある程度の方針が固まるとみられる。
働きながら学ぶ、新しい試みを打ち出す大学も
一方、働きながら学ぶ場として、大学の二部(夜間部)が数多くあったが、じつは二部は減りつつある。その中でも東洋大学は夜間に学べるイブニングコース(夜間部)に約800名の定員枠を設けている。これは日本国内の私立大学の夜間部のおよそ4分の1を占めるほどの多さだ。学費も昼間部に比べて割安で、さまざまな奨学金枠もある。
また、募集枠は各学科に1人であるが、昼間は大学の職員として午後5時まで働き、それからイブニングコースで学べる、「独立自活」支援推薦入試枠を設けている。そこでは、授業料の半額相当が奨学金として支給され、夜大学へ通うことを支えられる大学内の職場で昼間働きながら生活費を稼ぎ、自活して大学を卒業できる。
同様の形態は、東京電機大学にもある。東京電機大学は理工系で珍しく工学部第二部(夜間部)を擁する大学だが、来年度から働きながら就学する学習意欲のある新社会人(高校新卒者)を対象に、昼間は東京千住キャンパスの各学科の「学生職員」として働きながら、夜間は工学部第二部で学ぶ、独自の職業付き入試「はたらく学生入試」を始める。
児童養護施設の男性が大学に進学したその陰には
こうした制度を利用して大学に進学したのが、前の記事「携帯は贅沢か?「子どもの貧困」問題はなぜ炎上する?」でも紹介した、現在26才になる男性Aさんだ。
小学5年生で児童養護施設に入所し、以来、親や親族の援助は一切ない状態で、将来への展望を抱くことができないまま高校を卒業したAさんは、アルバイトをしながら自立援助ホームで将来を考える日々を送っていた。
だが、ある社会起業家のセミナーに出たことで、将来に対する希望が湧いてきたという。そして大学進学を決意した彼を、多くの大人がサポートする。
貯金も情報もない彼のために、受験できそうな大学の受験日程を調べ、応募書類を取り寄せたり、給付型の奨学金を調べたり、普通の受験生であれば家族が行うようなサポートを、施設や行政の担当者が行ったのである。
無事合格したAさんは、働きながら大学に通うことができた。奨学金は給付型のものを活用したため、無借金で4年間を終えることができたのだ。
Aさんはこう語っている。
「(自分が大学に進学できたことに)何が効果だったんだろうと考えると、システムとしての支援(奨学金給付など)もありがたかったのですが、ソフト面での支援(精神的サポート)があったことが大きかったと思います。
精神的に強く、目標をもっていられる人であればシステムとしての支援だけで十分なのでしょうが、僕のように社会的養護の状態に置かれた子どもの多くは、希望感があまりなく、生きるということに消極的であることが多いのです。
そんな僕が何度もあきらめかけたことを目標に持ち続けることができたのは、その決意が揺らぐ隙を与えないようなこれまでお世話になった施設など周りの方々の手厚いサポートがあったからです。そして、毎日働いて学校に通うという日課を確立できたことが重要でした。
また、日本は家族主義が成熟しているゆえにだと思いますが、家庭に頼れないということに対してすごく配慮されており、給付型での奨学金がさまざまに用意されているんですね。
僕はそういった社会的な流れもあって、借金もしないまま4年で卒業して就職することができたのです」
「意味ある大人との出会い」がたいせつ
森田先生は、そうした貧困状態にある子どもを救うひとつに「意味ある大人との出会い」があるという。
Aさんの場合は、彼に夢を持つことを教えた社会起業家、大学受験や奨学金給付をサポートした施設や行政の職員の人たちだ。
皮肉なことに、そうした社会的養護施設に入所の高校生の方が、一般の高校生よりも、奨学金の事情などについて多くの情報が与えられているケースが多いという。それは「意味ある大人」によるサポートがあることも大きい。
森田先生がいま、心配しているのは、多くの大学生が抱えている奨学金の問題だ。
「なかには借りられるだけ借りてしまう学生がいます。そうなると、4年間で500万とか600万くらいになってしまいます。そんなにお金を借りなくても、きちんと昼間働けば、最低限の奨学金にとどめていても何とか暮らしていけるよ、と説明しているのですが、なかなか防ぐことができないのです」
(続く。次回最終回は「子どもの声を聞くしくみを作ろう」)
*東洋大学では12月16日土曜日、「子どもの貧困の解決策を支援者と探る」と題したオープン講座を予定している。
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もりた・あけみ 東洋大学社会学部教授、東洋大学社会貢献センター長
子どもの権利を基盤にした児童福祉学を専門とする。数多くの自治体の子ども・子育て支援計画、次世代育成支援行動計画策定などにかかわり、東日本大震災をきっかけとした家庭環境や友人関係の変化が子どもたちの生活や心にどのような影響を与えているかについての現地での子ども参加型調査も行っている。
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取材・文・写真(近影)/まなナビ編集室(土肥元子) 写真/fotolia