日本人の女医、ミャンマーの無医村で菜園作りに挑む

「ミャンマーを変えたい」名知仁子医師の飽くなき挑戦

ミャンマーは今、ビジネスの場としてアジアで最も注目されている国のひとつだろう。筆者は3年前にヤンゴンに行ったが、車やバイクが行き交い、所狭しと露店が並ぶ背後には、高層ビルや高級ホテルがそびえ、いかに外国資本が投入されているかが伺えたものだ。その活気ある様子には、いかにも発展途上の国らしさがあった。しかし一歩市街から外に出れば、その様子はガラリと変わる。

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MFCGが支援しているミャンマーの菜園 (c)MFCG

ミャンマーは今、ビジネスの場としてアジアで最も注目されている国のひとつだろう。筆者は3年前にヤンゴンに行ったが、車やバイクが行き交い、所狭しと露店が並ぶ背後には、高層ビルや高級ホテルがそびえ、いかに外国資本が投入されているかが伺えたものだ。その活気ある様子には、いかにも発展途上の国らしさがあった。しかし一歩市街から外に出れば、その様子はガラリと変わる。

えっ、これが飲み水? 想像を絶する環境で生活する人々

ミャンマーでは、農村部と都市部の格差が激しい。人々の教育は行き届かず、貧困にあえぐ村も多い。

「MFCG(Myanmer Family Clinic and Garden)ミャンマー・ファミリー・クリニックと菜園の会」代表である名知仁子(なち・さとこ)医師の講演「なぜ医師がミャンマーの無医村で有機栽培の菜園つくりに挑むのか?」を取材し、ミャンマーの現状を聞いた。名知氏は年に約2/3はミャンマーの南東にあるエーヤワディー地方のミャウンミャで生活し、さまざまな活動をしている。

この写真を見てください、この沼の水、泥水ですが、何に使うと思いますか?」(名知氏、以下「」内同)

「なぜ医師がミャンマーの無医村で有機栽培の菜園つくりに挑むのか?」講演スライドから

答えは飲み水です。私は正直、これを飲む勇気はありません。しかし彼らは、この水を煮沸することなく飲用します

飲み水がこの衛生状態なら、当然、排泄に関しても同様のレベルだ。

私が廻っている村の100世帯のうち、50世帯に自宅にトイレがありませんでした。用を足すときは外です。トイレがある家でも、フタがない。便器にふたをしてハエなどがたかりそのまま食べ物にたかる、病原菌がばらまかれるのを防ぐことを知らないんです

産婆さんが妊婦のお腹の上に乗り……

名知氏は、2002年に、国境なき医師団の一員としてタイとミャンマーの国境付近の村に派遣された。そのときに「対症療法では意味がない」と感じたという。

栄養不良の患者さんを診察しますよね、点滴をして、栄養を補給して元気になって村に帰っていくんです。するとまた数ヶ月後には栄養不良になって戻ってくる。それが何人も何人も。

彼らの住むジャングルにはバナナもマンゴーもなっています。でも彼らは栄養についての知識がありません。だから何を食べればバランスがいいかがわからない。医療だけでは人は救えないと痛感しました

ミャンマーでは無医村も多く、また医師にかかれるお金の余裕がある人も多くはない。出産時は、自宅で伝統的な産婆さんを呼ぶという。しかしその産婆も、医学の知識があるわけではない。

一度、出産に立ち会ったことがあるんです。産婆さんが妊婦のお腹の上に乗って、ぐいぐいと押し出すんです。思わず、やめて!と叫んでしまいました

ミャンマーでは、5歳未満の乳幼児の死亡率は1000人中50人、世界で44番目に死亡率が高い。ちなみに日本は1000人中3人だ。(2016年、出典:ユニセフ 世界子供白書)

ミャンマーの5歳未満乳幼児の死亡原因(講演スライドより)

日本では死なない病気で、簡単に人が亡くなっていく

栄養学を知らないので、この地方は脚気で死んでしまう人が多いんです。脚気はビタミンB1の不足で起こりますが、私は日本で医師をしていたとき、脚気の患者さんを診たことがありませんでした。日本なら簡単に助かる患者さんが、ミャンマーでは次々に亡くなってしまいます

名知氏は、こうした実状に触れ、NPO法人「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)」を立ち上げた。

巡回診療を行い、医療の支援をすると同時に、保健衛生の指導と家庭菜園の支援を行っている。せっかく治療をしても、食べるものがなければ、保健衛生の知識がなければ、また同じ病気を得てしまうからだ。貧困と、それによる病気や死の原因を、根本から変えていこうとしている。

この米のとぎ汁が村の赤ちゃんを救った。(c)MFCG

米のとぎ汁を飲んだだけで

脚気にならないようにするために、どうすればいいかを考えました。ミャンマーではお米を目分量で炊いてゆでこぼすのが伝統的な炊き方ですが、お米のとぎ汁にはビタミンB1が含まれているので、これを飲むことを提案しました。

すると10件中1~2件の家が、とぎ汁を飲んで野菜を食べるようになったんです。『試しにやってみたら、2人目の赤ちゃんが前とぜんぜん違う。すごく元気でスクスク育つ』と実感してくれる人も現れました

MFCG菜園の会では、このように巡回医療だけではなく、各地を回って青空教室も開催している。どこにでも知らないものに抵抗を覚える人はいるもので、『この炊き方が一番美味しい』と言い張る人もいるという。ほかの炊き方を知らないにもかかわらず、だ。

そのため、鍋5つずつ並べて、伝統的なお米の炊き方と栄養的に補強できる炊き方とを比べ、実際に食べてもらうなどの実践をしている。現在もこのデモンストレーションは、継続して各村で行われているという。

自主的な行動を促すことで、少しずつ社会が変わっていく

MFCG菜園の会では、村の人々に知識を提供はするが、強制はしない。あくまで自発性を重視している。

日本人がゴミを拾ったり、ゴミ箱に捨てるのは、大人や先生がそうするからです。ミャンマーではゴミを拾う習慣がありません。しかし必要を感じるようになれば、自分からゴミ箱を設置するようになります。

村にいくつゴミ箱が必要で、週に何回回収したら綺麗になるのか。自分で考えて自発的に村にゴミ箱を設置した女性がいます。MFCG 菜園の会は地域保健健康員という人材育成も行っており、彼女はそのメンバーの1人です。今では村にゴミ箱は6つあり、2週に1回収集するようになりました

地道な活動の末にトイレの普及率が100%になった村もあるという。また、力を入れている活動のひとつに「歯磨き」がある。日本の小児歯科医師を招いて徹底的に歯の磨き方の講習なども行っている。

彼らは歯磨きをする際、歯ブラシと歯磨き粉ではなく塩や炭を使います。歯ブラシが高価で買えないからです。でも健康にはきちんとした歯磨きが欠かせません。

そこで1回目の講習の際に、徹底的に歯ブラシの磨き方を習った後に歯ブラシをあげるんです。2回目の講習でコップをあげます。

なぜ同時にあげないかと言うと、歯ブラシをもらっても『もったいない』と言って使わなかったり、売ってしまう人がいるからです。2回目のときに歯ブラシを持ってきてもらい、きちんと使った形跡がある人にコップをあげるんです

こうして15~30%だった歯ブラシの定着率は、半数近くにまで上がったという。

歯磨きが習慣となってきた村の住民たち。(c)MFCG

早期教育を受けられなくても、人には“考える力”が備わっている

MFCG菜園の会の活動は、地道だが確実に効果を挙げている。

小学校も卒業していないという42歳の女性は、MFCG菜園の会の有機農業の指導を受け、始めて4か月後に収穫が3倍になり、日給が3,000Kyats(3000チャット=約240円程度)と、殆どの住民の日給2,000Kyats弱よりも高くなった。そして、月30,000Kyatsほどの貯金もできるようになった。

また、栄養価の高い野菜が収穫でき、家族の栄養状態も良くなった。効果が出れば「もっと増やせないか」を考えるようになる。乾期にはどこに畑を作ればいいか、何を育てれば高額で売れるか……。「習ったことを村の人に伝えたい」と言い、彼女は42歳になって初めて夢ができたという。

衛生的な日本で生まれ育った名知氏が、現地の生活に溶け込み活動を続けるには大変な苦労があるだろう。日本で開業すればお金に困ることもない。しかしこうして人に夢を与えたり、村そのものが劇的に変わり、命を救い、生活を豊かにすることは、金銭には換えられない充実感がある。

名知氏の活動は、さまざまな賞を受賞しており(http://mfcg.or.jp/history/)、数多くのメディアに取り上げられている。またMFCG菜園の会では、寄付やボランティアや名知氏による講演会の依頼を募集中だ。

名知仁子
なち・さとこ 内科医。
タイ、ミャンマーの国境沿いでカレン族に対する医療支援や、ミャンマーデルタ地帯でのサイクロン被害に対する緊急人道援助など数々の国際医療支援活動を経て、2009年には国際緊急医療支援団体日本支部理事、翌年2010年には同団体専務理事に就任。衛生面の問題や民族や宗教の対立、貧困などにより多くを学ぶ。なによりも現地の人の明るさや優しさに触れ、マザー・テレサの言葉通り、「自分の心が豊かになる」のを経験する。特定非営利活動法人「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)」(http://mfcg.or.jp/)代表。

◆取材講座:「なぜ医師がミャンマーの無医村で有機栽培の菜園つくりに挑むのか?」(東京大学)

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文/和久井香菜子 写真/和久井香菜子、MFCG

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