そんなつもりはないのにイヤミに聞こえる上司の言葉とは?
「もっと元気にやろうよ」
「大した問題じゃないよ」
「相談しにこいよ」
部下を励まそうとかけた、こういう言葉も、部下のメンタルヘルス次第ではイヤミに聞こえると、神奈川大学人間科学部教授の杉山崇先生は言う。
「よかれと思って発した何気ない一言が、逆に上司から拒絶されたという思いを高めてしまうことがあるのです。たとえば、“もっと元気にやろうよ”と励まされると、“求められているのは元気な自分だから、元気じゃない自分は必要とされていないんだな”と、追い詰められた気になる。“もっと発言しようよ”と言われると、“発言してない自分を批判してるのか”と責められたように感じる。
“大した問題じゃないよ”と安心させるつもりで言っても、“もっと大事なことがあるだろうって言われているのか”と落ち込んだり、“あと半年で変わるよ”と慰められても、“あと半年も我慢しなければいけないのか”と悪くとらえたりする。
極め付きは“相談しにこいよ”。“相談が必要なくらい悪い状態なんだ自分は”と、何か悪いレッテルを貼られた気分になってしまうのです」
いったいなぜこういう心理状態になるのだろう。杉山先生は、“被受容感”という心理学用語を挙げた。
日常の気分の30%が“被受容感”で決まる
「“被受容感”は、自尊心と密接に関係しています。心理学で自尊心という場合は、誇りとかプライドを意味します。誰かにないがしろにされたり、自分が思っていたものをけなされたりするとみじめで不快な気持ちになりますよね。人間は社会的な存在ですから、無意識に周りの人間から阻害されていないか、周りの人間からダメだと思われていないかを脳がモニタリングしているんですね。
“被受容感”は感情とも関係します。私の研究では、日頃の気分の要素の30%以上は被受容感で決まりますね。被受容感が下がると嫌な気分が続くし、高まるといい気分になれる。そして、やる気にも大きく作用します。経験ありませんか? 誰かが見ててくれるとがんばれるとか、応援されると頑張れるとか。大事にされてると思うとやる気にも関係する。
つまり被受容感が大きければ、プライドが保たれ、いい気分になり、やる気も出てきます。ところが、被受容感の反対──“被拒絶感”が高まると、プライドが傷つきみじめな気持ちになり、嫌な気分で、すっかりやる気も失うのです。そうなると、どんな励ましも悪くとらえられて逆効果になります」
“人並みに価値がある”と感じられるように
上司の何気ない一言も、認められていると感じられて被受容感が高まっていれば、気分よく聞くことができて、やる気にもつながる。しかし、「自分は誰からも認められていないんだ」と、被拒絶感いっぱいの中で聞けば、どんな一言であっても、責められているように感じるのだ。まずは部下の被受容感を高めたうえで、何気ない一言でやる気を高めることが大切だ。
ちなみに、被受容感は、そこそこの誇りを持つことだという。“人より価値がある”ではなくて、“人並みに価値がある”と感じられることだという。
“相談しにこいよ”ではなく、“相談にのるよ”
「そのうえで、何気ない一言が効力を発揮するものです。何気ない一言ってそんな負担じゃないですよね。それで部下のやる気に好影響があるんだったらこれは心がけたほうがお互いハッピーですよね。いい何気ない一言を心がけましょう」
しかし、何を話してもネガティブ反応の部下にはどういう一言がよいのだろうか。
「ここにいらっしゃる方で、管理職の人もいると思います。もし部下を見ていて、なんか行き詰っていそうだから相談しに来ればいいのにと思ったら、“相談しにこいよ”ではなく、“相談にのるよ”と、その場で話を聞くとか、“食事でもいこう”と誘ってみるほうがいいでしょうね」
以上は、神奈川大学エクステンションセンターのメンタルヘルス・マネジメント講座「大人の人間関係論」での一コマだ。杉山先生は、自らを“雑草系臨床心理士”と名乗るように、障害児教育や犯罪者矯正、職場のメンタルヘルス、子育て支援など、さまざまな心理系の職域を経験し、幼稚園児から高齢者まで、あらゆる年代の心の問題に立ち会ってきた。そのため、杉山先生の心理的分析は、身近な事例をわかりやすく解説してくれると話題で、そのソフトな語り口にも人気が集まり、メディアにもひっぱりだこだ。
受講生のひとりは「心理学って初めてだったんですけど、杉山先生のお話が面白くて。心理学ってこんなに楽しくて身近なものだとは知りませんでした」と目を輝かせていた。
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すぎやま・たかし 神奈川大学人間科学部教授、心理学者
1970年山口県生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科にて心理学を専攻。医療や障害児教育、犯罪者矯正、職場のメンタルヘルス、子育て支援など、さまざまな心理系の職域を経験、脳科学と心理学を融合させた次世代型の心理療法の開発・研究に取り組んでいる。臨床心理士、1級キャリア・コンサルティング技能士。『ウルトラ不倫学』『「どうせうまくいかない」が「なんだかうまくいきそう」に変わる本』等著書多数。最新刊は『心理学者・脳科学者が子育てでしていること、していないこと』(主婦の友社刊)。
◆取材講座:「メンタルヘルス・マネジメント講座「大人の人間関係論」vol.3職場の人間関係」(神奈川大学・みなとみらいエクステンションセンター(KUポートスクエア))
取材・文/まなナビ編集室