「学びと私」コンテスト 8月はこんな作文が集まりました![2]

8月の一次審査通過作文/「学びと私」作文コンテスト

8月31日に第1回の応募が締め切となった「学びと私」作文コンテスト。1次審査を通過して第1回金賞候補作になった作文のうち3つをここで紹介します。朗読、韓国語、TOEIC受験など、学びのテーマは実に多彩ですね。

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学びと私コンテスト

8月31日に第1回の応募が締め切となった「学びと私」作文コンテスト。1次審査を通過して第1回金賞候補作になった作文のうち3つをここで紹介します。朗読、韓国語、TOEIC受験など、学びのテーマは実に多彩ですね。

朗読の講座に参加して自分の話し方に自信がついた

大学の公開講座がとんでもないことになっている!それだけを伝えたくて応募しました。

今年の5月13日(土)、獨協大学・A棟503教室に初めて足を踏み入れた時の緊張と、わずか2か月後に全10回分の講座を修了し、正門をあとにした時のすがすがしい感動は、今も忘れることができません。講座名は獨協大学オープンカレッジ「朗読入門―聴き手の心に届けるために」、講師は69歳にしてNHKの現役アナウンサー、梅津正樹さんでした。ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、たった2か月で、人生、変わりました。

受講のきっかけは人事異動です。34年間勤めた編集部から宣伝部に異動になり、自分で記事を作る仕事から、人さまが作った本を世の中に宣伝する仕事に180度変わりました。編集者はいつも締切りに追われ、スタッフどうしの言葉のパス回しも速く、とにかくせっかち。一方宣伝部は、編集者の話をじっくり聞き、資料を使って予算案を通し、クリエーターには完成イメージを丁寧に伝え、と納得と合意を積み重ねていかなければ仕事になりません。いざ異動になってみると、ひょっとして自分は、とても早口で、滑舌も悪く、乱暴なしゃべり方をしているのでは、と不安になりだしたわけです。

そんな折、通勤電車の車内広告で獨協大学の公開講座を知り、ネットで調べたら、朗読の講座に目が止まりました。講師の梅津さんは現役でニュースを読みながら、NHK日本語センターの専門委員として日本語にも造詣が深く、「ことばおじさん」というキャラクターで番組も持っていたとのこと。家からも近いし、話し方のカウンセリングを受けるつもりで、一度授業をのぞいてみようと思い立ちました。

結果は驚きと発見の連続。生徒は私のほか11人すべてが女性、みんな読み聞かせや録音ボランティアをしているベテラン朗読者。授業は1講義2コマぶち抜きの3時間、ニュース、教科書、エッセイから芥川龍之介、宮沢賢治へと難度を上げながら、ひとりずつ同じ原稿を朗読してゆきます。先生いわく「ボイストレーニングで声を作ることはしません。ひとりひとりが自分の声と、読み方で、書かれていることを相手に自然に伝えられればいいんです。ここにいる12人には12通りの自然があります。互いに聞き合いながら、自分らしさを探していきましょう」。私の特徴は早口ではなく、間合いがとれていないだけなので、スピードを落とす必要はない、息継ぎの間をあけるだけで充分に伝わるとのこと。「ふだん早口の人が無理にゆっくり話すのは不自然で伝わりにくいですよ」とは目からウロコでした。

教室では、先生も生徒もそれぞれが個性を持った朗読者。生徒どうしで感想を語り合う場面もあり、学びの空気がこんなにも自由で創造的だったことは、学生時代にも経験がありません。思えばこれまで、これほど熱心に人の声に耳を傾けたことはなく、こんなに一生懸命自分の声を聴いていてもらったこともありません。最終回、宮沢賢治の風の又三郎を読んでいる最中、思わず胸が詰まって声が嗄れてしまいました。それがなぜだか今もわかりませんが、講師のメソッドと教授法が素晴らしく、スポンジが水を吸うように技術が身につき、それをあたたかい空気のなかで発表できている夢のような時間に酔いつぶれたのだと思います。40年ぶりの学校通いの結果、話し方は確かに変わりました。何より間合いをとることで、人の言葉を聴ける余裕ができました。今度は学んだことを血肉にするため、もう1クール同じ講義を受けるつもりです。いやあ、大学の公開講座、先生も生徒も熱かった!

〔佐藤敏弘さん(56歳)/埼玉県〕

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初めての海外旅行で出合った韓国の言葉を極めたい

今、韓国ドラマ「チャンヨンシル」を視ている。15世紀の朝鮮に生きた科学者なのだが、母親は官妓で、本人は奴隷の身分であったという。その最底辺の身分から次第に能力を認められていくわけなのだが、自然現象に対する好奇心がすごい。境遇に時として絶望しながらも、星空を見るのを楽しみにし、観察を欠かさない。もちろんドラマの中の話なのだが、実在の彼もこんなだったのかもしれない。

彼ほどではなくとも、人は、もともと本能として新しいことを知りたい、何かを発見したいという欲求がインプットされている。もちろん学者として前人未到の業績を残すのは、ごく限られた人々であるにしても、我ら凡人も、やはり新しいことを覚え、昨日まで知らなかったことを知るのはうれしい。そういう意味で学びというものは人間としての業のようなものなのかもしれない。

大人になってからの学びにはおおむね三種類がある。まず職業のための学び。次は生活のための学び。そして最後はそのどちらでもない学びである。ここでは、この最後の類型のものについて、自身の経験を書いてみたいと思う。

ここ20年ほど韓国語を趣味として学んでいる。日本語と文法がよく似た外国語ということでもともと興味があったことと、たまたま初めての海外旅行として韓国に行く機会があったことがきっかけであった。あの複雑きわまる文字を読めるようになりたかった。さっそく本を買って学習を始めてみると、あの文字と見えたものは母音字と子音字、そして日本語にはほとんどない音節末の無声音字との組み合わせであることを知った。実際に覚えなければならない文字数はそれほど多くない。それを覚えた後で、韓国に行ったとき、けっこう看板の字が読めるのに、我ながら驚いた。表音文字なので読めたとしても発音がわかるだけなのだが、漢語と欧米語由来の外来語は見当がつく。ヨグァンは旅館、テーサグァンは大使館…という具合に。同行した人にも感心され、それですっかりその気になった。それだけではない。旅行中に東洋一の書店というものに行ったのだが、そこにある膨大な書籍に圧倒されたことも学習の動機づけになった。これだけの出版物がでているのに、その言語を学ばないのはもったいない。そこでさっそくラジオ講座で学習を始めた。NHK講座に専門書店で購入した韓国語の本や歌のCD。最初は独学であったが、同好の士でサークルを作って勉強したり、小さな教室に通ったりということも始めた。旅は道連れというが、学習もやはり仲間や先生がいた方がよい。それに学習を通じて得た仲間は利害で結びついているわけではないので、よい友人になることも多い。

生涯学習で外国語をやるという人は多いと思うが、韓国語はお勧めである。まず文法構造が似ているので、そこで挫折することがあまりない。そして日本語と共通の漢語由来の語彙が多いので、語彙を増やしやすい。こうした特性から、他の外国語と異なり、難しい文章、硬い文章ほど読みやすい。子供向けの絵本のような文章から学ぶ必要がなく、短期間の学習で自分の興味のあるものが読めるのは魅力である。とはいえ、韓国語の学習には他の言語にはない難しさもある。それは、日本人が最も苦手とする発音の難しさである。最近では韓国ドラマの視聴を中心に学習しているが、読めばわかる言葉でも、耳で聞くと聞き取りは難しい。まだまだ山を迷いながらゆっくりと歩いているようなものだが、はるかかなたの頂上を目指すのは生きがいにもなっている。日暮れて道遠しであるが、それもまたよしである。

〔皆川まなさん(63歳)/東京都〕

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焦りから決めたTOEIC受験で学ぶ大切さに気付く

 久しぶりに、TOEICテストを受けることにした。

 最後に受験をしたのは大学に入学してすぐの頃だった。大学受験の直後だったため、我ながらなかなか良い点数がとれた。就職活動で自慢できるくらいの点数であり、実際に就職活動中にはと面接官の方に褒めて頂くこともあった。

 しかし、それから数年。無事社会人になった私は、どことなく焦りを感じていた。TOEICテストの点数を売りの一つにして入社した私は、入社後も、「じゃあ英語ができるんだね、何かあったら頼らせてね」と先輩方に言われることとなった。しかし、よくよく考えてみれば、大学生時代のTOEICテストの受験以降、私は英語をほとんどまともに勉強していないのである。英語を少し読むだけならまだしも、会話などは絶望的にできなくなっていたのであった。このままでは、何かあった時に英語力の低さを露呈することになってしまう…!

 危機感を覚えた私は、急いで直近のTOEICテストに申込みをし、その足で書店へと向かい問題集を購入した。そして、その日から私の久しぶりの試験勉強が始まったのである。新社会人として、そもそも仕事を覚えるだけで精一杯であった私だが、一度申し込んだからには後には退けない。TOEICテストを受験することを会社の先輩にも宣言し、日々少しずつ勉強を重ねていった。「継続は力なり」とはよく言ったもので、英語の勉強をまったく継続していなかった私は、驚くほど英語を忘れていた。だが、嘆いている暇はない。受験をしたうえで、少なくとも前回と同じか、それ以上の点数を取らなければ、会社の先輩にも顔向けができないのである。会社の昼休みや帰宅後の時間、そして土日を活用して、私は久しぶりに真剣に英語と向き合っていた。そのおかげで、試験の直前には、なんとか前回の受験時と同じくらいの点数がとれそうになっていた。

 そして、ついに迎えた受験当日。やや緊張もあったものの、試験が始まってしばらくした頃には、落ち着いて問題と向き合えるようになっていた。そして、試験が終わった時には、前回の点数を超えられたという、確かな手ごたえを感じていた。

 そして、点数はもちろんだが、私は今回のTOEICの受験を通して、改めて自ら能動的に学ぶことの大切さを感じた。大学生の時、そして社会人になってから、私は能動的に学べていただろうか?ただ講義に出席するだけで満足していなかったか?ただ言われた仕事をこなすだけで満足していなかったか?

 これまで私は、決められたプログラムに沿って勉強したり、割り振られた仕事に沿って仕事を覚えてばかりだったように思う。だが今回、きっかけはやや不純だったとはいえ、自分の「学びたい」とう気持ちを原動力として学んだことで、しっかりと身体にしみこむような学びができたように思う。きっと、受動的に過ぎていった学びは身につかないということなのだろう。自分から能動的に、学びにいったことだけが、自分の血となり肉になるのではないだろうか。

 社会人1年目。まだまだ会社では分からないことばかりで、注意されることだって多い。けれど、能動的に仕事に挑戦し、学んでいきたいと、今回の受験を通して強く思った。そしてもちろん、仕事以外でも、様々なことに対して自ら興味を持ち、能動的に学んでいきたい。

 今日、TOEICの結果が郵送されてきた。結果は、なんと前回の結果から+30点という高得点。明日、会社の先輩に結果を報告するのが、今から楽しみだ。

〔ピレニーズさん(23歳)/東京都〕

(作文のタイトルは編集室が付けました)

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