電動パワステ発明者が語るイノベーションの4つの鍵

社会人向け新教育課程開設記念フォーラム(その3)@東京電機大学

世界に先駆けて電動パワーステアリングを実用化した東京電機大学工学部先端機械工学科教授の清水康夫先生。清水先生は「新しい価値を創造するのが技術者の使命だ」と語る。そのために必要なものは何なのだろか。(前の記事「「環境の激変こそチャンスだ」電動パワステ開発物語」

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東京電機大学工学部先端機械工学科教授、清水康夫先生

世界に先駆けて電動パワーステアリングを実用化した東京電機大学工学部先端機械工学科教授の清水康夫先生。清水先生は「新しい価値を創造するのが技術者の使命だ」と語る。そのために必要なものは何なのだろか。(前の記事「「環境の激変こそチャンスだ」電動パワステ開発物語」

「研究開発というのは世界初に挑んでいくこと」

東京電機大学工学部先端機械工学科教授の清水康夫先生は、株式会社本田技術研究所(以下「本田技研」)時代に世界に先駆けて電動パワーステアリングを実用化した。そのほかにも、電動パワステの開発でタイヤをモーターで切れるようになったことから、これを利用した自動車の魅力の拡大に取り組んできたという。

「たとえばDハンドル(ステアリングホイールの一種)の新操舵装置は、新しい操縦感覚をもたらすものとして世界初に導入されました。また、高速道路の自動運転のようにドライバーを支援する装置HiDS(ホンダ・インテリジェントドライバーサポートシステム。本田技研によって開発されたシステムで、CCDカメラと前方車両検知レーダーを組み合わせることで運転者の判断とハンドル・ブレーキ操作をアシストし運転負荷を低減するもの)なども開発しました。

こうしたものを開発してきた奥には『新しい価値を創造するのが技術者の使命だ』という考えがありました。『研究開発というのは世界初に挑んでいくこと』というのが私の感触です」

エンジニアがイノベーションを起こすために必要な4つの鍵

清水先生はエンジニアは2段階のものが求められるという。

「企業に入ると現場で実践的に行動し、製品固有の理論と技術を身に付けなければなりません。教科書があるわけではないので、暗黙知というか、ノウハウとか経験とかが重要になってきます。これが身につかないと、企業で一人前のエンジニアと認められません。

ところが企業で求められているのはこれだけではないのです。新しいものを提案して具現化する、こういうことが会社から期待されます。自らが主体となって発案し、リーダーになって進めていく。その結果、イノベーションが起こるのです。

ところが実際には新しいことですから、やってみないとわからない。日々の経験だけでは実現化できないのです。開発途中には、予測できない課題とか、体験したことのないこととかが出てくる。それを克服するために必要なことが次の4つです。

本質を洞察する哲学
普遍的な目的
高い目標
不屈の精神と課題を克服する術

これらをもたらしてくれたものが、本田流ワイガヤでした」

4つの鍵を開けるための本田流ワイガヤ

本田流ワイガヤとは、集団で意見を出し合い、知を結集して新しい物事を生み出す集団創造術のことだ。先ほど挙げた「本質を洞察する哲学」「普遍的な目的」「高い目標」「不屈の精神と課題を克服する術」を皆で共有して、とにかく論議を重ねる。それを、新しい気づきやひらめきが現れるまで続ける。

「電動パワーステアリングを開発する際には、オイルショック後の省エネ・環境問題がありました。そうした社会性や必然性、関連性について、根本の原理原則に立ち返って本質的な議論を繰り返す。その中で哲学や普遍的な目的が問われていく。なんでこんなことをやる必要があるんだ、と。

今までにないものを生み出すのだから、当然、既存の技術だけでは達成できない高い目標が設定される。そうすると追いつめられる。追いつめられると、今までの既成概念とか固定概念だけではやっていけなくなる。これを崩さなければならなくなってくる。そこから新しい気づきとかひらめきが生まれる。こうすることによって、不屈の精神、課題を克服する術が身につくのです」

本田流ワイガヤの不文律とは

「ワイガヤには不文律というか暗黙の了解があります。それは、自由闊達、皆平等、意見も批判も尊重する、とにかくワイワイガヤガヤ話し合う、ということです。

なぜこんなことをするかというと、皆の知識や実践から得られた知恵を足し合わせると、全体としてそれらをものすごく拡張することができるからです。大事なことは、議論を通じて他人と自分が一体となること。いろいろな考え方を多様に受け入れて、全体の可能性を広げていく。これが重要です。

人は新しいことを思いついても、それが創造できない理由とか、今まで解決できなかった課題とかを先に思い浮かべてしまいます。しかしそれは、自分が固定概念とか既成概念などの自分の殻の中だけで考えているから『できない』になるのです。

それでは新しいことが生まれない。ところがワイガヤのような実践の場を設けると、いろんな人がいろんな議論をして集合知が生まれ、新たな視点が生まれる。そうすると、今まで自分の知識だけでは及ばなかったところにある本当の答えが得られて、これが課題の解決に役立つのです」

イノベーションヒストリーを学ぶことも重要

清水先生は、イノベーションをみずから主体的に生み出すには、ものづくりの適切な判断をくだす“実践知”を磨く必要があると語る。そして、哲学や普遍的な目的、課題を克服する術を考えるには、過去のイノベーションヒストリーから学ぶことも必要だという。そのために来春から東京電機大学で開設される社会人課程の「実践知重点科目」にはイノベーションヒストリーも含まれている。

「新しく開設される社会人課程の講義の中では、ぜひ本田流ワイガヤのように議論を闘わせてもらいたい。それをイノベーションの原動力にしてもらいたい。またその中で人間力を磨いてもらいたい。そして新たな実践の場で適切な判断をくだし、行動できる能力を養ってもらいたい。そう思っています」

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取材・文/土肥元子(まなナビ編集室)

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