脳の酸化は、エサだけが原因ではない
次に現れたのも2つの画面。だが、今度はプールではなく、ふつうの小さな部屋だ。どうやらそこにいるのはラットらしい。2つとも部屋の大きさは同じ、そして今度はエサも同じだ。違うのは、右側の部屋には、ラットが乗ってクルクルと回って遊べる遊具が置かれていること。左側の部屋には何もない。果たして差が生じるのだろうか。
しばらくこの環境で育てた後、またあのプールで実験を行う。遊具を置いた部屋のラットのほうが賢かったという結果が出た。
「動物園でも”環境エンリッチメント”の考え方が取り入れられてきました。この実験でもその効果がわかると思います」(福井先生)
無味乾燥な檻ではなく、樹を植え、水場をつくるなど環境を改善することで”飼育動物の幸福”を図るのが環境エンリッチメント。多くの動物園が採り入れている。話題は動物だが、言わんとするところは明白だ。人間でも同じ。豊かな環境で生きがいがあれば、人は充実して暮らせる。だが、刺激のない平坦な毎日ならば……。
続いて映し出されたのが、2匹のマウスがローラーの上で走る光景だ。左がふつうのマウス、そして、右がアルツハイマー病を自然と発症するように遺伝子操作されたマウスだ。ローラーの回転スピードが遅いうちは、どちらもその上を器用に走っている。だが、ローラーのスピードが速くなるにつれて、右側のアルツハイマー病のマウスはついていけなくなる。ヨロヨロとした足取りになってローラーから遅れ始め、転げ落ちそうになるが、必死に立て直す。が、ついには振り落とされてしまう。
これは福井先生がふだん行っている実験のひとコマだ。映っていたのはあくまでマウスやラットだが、多くの人は親や知人、そして将来の自分の姿を重ねたに違いない。強い印象を残す映像だった。