韓国海苔のゴマ油の香りと塩味が大好きで、よく買って食べている。ある時、その袋に書いてある模様のようなものに目が留まった。それが韓国語の文字だと知り興味を持った。最近、JRの駅名が韓国語でも書かれるようになった。新型バス内の停留所案内も、ローマ字の次に韓国語で表示されるようになっている。あの記号のようなハングル文字に対する関心が、ますます強くなっていった。
女子校で英語教師をしていた私は3年前に定年退職をして、男子校の非常勤講師になった。同僚のS先生が僅か3年で韓国語を習得したと聞いた。その先生から韓国語は日本語と文法が似ているので、日本人にとっては学習しやすいとも聞いた。元々外国語学習に関心のあった私は「韓国語をマスターしよう」と決心した。そこで早速、韓国語学校に週1回通い始めた。
入門クラスだったが、完全な初心者は私一人で、他の10数人は様々な形で韓国語・韓国文化に親しみ、かなり強い動機を持って学習しているようだった。例えば、20年以上ハングルドラマにはまっていて、韓国旅行の回数も20数回の人、K-popが好きな人、韓国料理が好きな人等だ。それに引き替え、私はハングル文字に関心があり、日本語の文法とどのように似ているのか知りたいことだけが、韓国語学習の動機だった。更に私は韓国ドラマを見たことがなく、韓国料理も食べたことがなかった。そんな私の自己紹介を聞いて、先生は勿論のこと、クラスメイトも驚いたようだ。
授業が始まり、ハングル文字の構成、組み合わせ方、発音を知り、ますます興味が深まった。しかし単語を覚えるのは難しく、苦労している。イタリア語、フランス語のようなアルファベット系の言語は、それほど苦労せずに覚えられたのに、どうしたのか、加齢のせいなのか。昼間は英語教師として「音読しなさい。表現を覚えなさい。」と、高校生に口を酸っぱくして指導しているくせに、こと韓国語学習になると全然実践していない自分に気づいた。これこそ「紺屋の白袴」である。
東京都庁の展望台で月1回程度、英語のボランティアガイドをしている。ある日、韓国人の若い夫婦を案内することになった。ご主人は英語ができるが、奥さんは英語が分からないようで、私が英語で説明すると、ご主人が奥さんに韓国語で説明していた。奥さんは英語が分からないせいか、つまらなそうにしていた。そこで私は奥さんに向かって、「私は韓国語を勉強しています。韓国語は難しいけれど面白いです。韓国に行きたいです。日本はいかがですか。」と、覚えたての韓国語で話しかけてみた。するとそれまで不愛想に見えた奥さんの顔がパッと輝き、満面の笑みを浮かべて、韓国語で話し始めた。ところが私は全く理解できず、「勉強を始めたばかりなので…」と、慌てて英語で言わなければならなかった。私の片言の韓国語を聞いて、奥さんがあんなに嬉しそうに話しだしたことは、大きな驚きだった。夫婦は別れる時に、一緒に写真に入って欲しいと言うので、一緒に写真を撮った。そして韓国に来る時には必ず連絡して、と言ってメールアドレスを書いてくれた。
あの経験によって、私は韓国語を学ぶ真の楽しさが分かったような気がした。今は以前とは違って、少しでも話せるように様々な表現を覚えようと努力している。その努力も今では苦になるどころか、楽しくて仕方がない。この楽しさのお蔭で挫折せずに、3年目を迎えることができそうだ。自国の文化、言語に関心を持ってくれていると分かると嬉しいものだ。もっと韓国文化を知り、韓国語を身につけて、隣国の韓国の人達と対話できるようになりたい。あの夫婦に再会して、今度こそ韓国語で話したい。それも、よどみなく。
片言の韓国語
12月の一次審査通過作文/「学びと私」作文コンテスト
菊池浩美さん(68歳)/東京都/最近ハマっていること:折り紙
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