沈黙もそのままに受け止めること
国際医療福祉大学大学院教授の亀口憲治先生は、同大学の公開講座で、カウンセリングなどの心理療法における“傾聴”の意義をこう語る。
「“傾聴”とは、クライアントの訴えようとすることを、カウンセラーが耳を傾け、共感をもって受け入れることです。時には、その悩みの深さやわだかまりから、クライアントが言葉にすることができず、沈黙が支配することもあります。
しかしその沈黙もそのまま受け止めて、その沈黙でクライアントが何を訴えようとしているかを読み取るのです。
一見受け身に見えますが、その受け身的な姿勢によって、初めてクライアントは、それまで誰にも言えなかった心の屈託や悩みを徐々に打ち明けられるようになる。
つまり“傾聴”の本質は、何かを相手に与えるのではなく、クライアントの中にある自己回復や自己治癒の力を最大に引き出すこと、ここにあります」
時に長い沈黙が続くこともある。知らない人からみると、非生産的な時間に思えるかもしれないが、そこに大きな意味があるという。
「クライアントが訴えたいことを、どう言葉に表したらよいかわからないこともあります。それをカウンセラーが無理やり動かしても出てこない。しかしその長い沈黙の後、クライアントから何らかの言葉が出た時、そこには大きな変化が起こっているのです。
それを待ち受ける忍耐力が、カウンセラーには必要です」
そして、“傾聴”で留意すべきポイントとして以下の6つが挙げられた。
(1)「助言よりも傾聴を」
友人などに悩みを相談されたとき、私たちは自分たちの持っている知識や情報に従って“助言”をしがちだ。しかし亀口先生は、現代においては、“助言”の役割が相対的に低下していると言う。
「高度情報社会の現代では無数の情報があふれ、すぐに陳腐化していきますから、専門家が持っている知識や情報を伝えても、早晩役に立たなくなります。それよりむしろ、悩みを持っているクライアント自身の自己表現のよき聴衆になることのほうが大切です。
そのためには視点の転換が重要です。これはクライアントの立場に立って、クライアントがこの状況やカウンセラーをどう見ているのかを想像していくことです」
(2)「聴く態度の意識化を」
「ではただクライアントの立場に立って聴いていればよいのかというとそうではなく、“意識化”して聴かなければなりません。
言葉だけではなく、クライアントのありとあらゆるものに意識を集中させてください。クライアントが座っている姿勢、家族療法の場合は夫や妻や子供の位置関係、動作や話し方のスピード、声のトーン、こうしたあらゆる要素が傾聴の観察ポイントになります。
また、クライアントの方もカウンセラーの表情や目つきをよく見ています。表情や目つきだけでなく、うなずき方、声の出し方、そのボリュームやペース、それらにも意識を集中して、クライアントが悩みを打ち明けやすい表情を場を作りましょう」
(3)「相手の心の動きを汲み取って」
「クライアントの心は変化しています。その動きをくみ取ることが大切です。そのため表情、姿勢、呼吸の変化に意識を集中させます。とくに注意を向けたいのが呼吸の変化です。
訴えたいことがたくさんありすぎるクライアントが一気呵成に長時間喋り続けることがあります。それはそれとして受け止めつつも、ちょっとした工夫で、少し調子を落としたり、ゆっくりになったり、こちらの話を聞くように変わってくることがあります。そのためにも呼吸や声の変化をしっかり観察ししなければなりません」
(4)「自分の心の動きを探ることも忘れずに」
「クライアントの悩みを理解し共感するためには、カウンセラー自身も自己理解を深めなければなりません。そうでなければ、クライアントの中にある心の悩みやわだかまりというものを理解することはできないのです。
これはなかなか自分ひとりでは難しいことなので、自分を鏡に映して観察したり、家族や友人に自分の特性・特徴を指摘してもらったりして、他人の視点から見た自分、自分では気づかない自分の表情や姿などを指摘してもらい、自分自身を見つめてください」
(5)「沈黙に耐えられるように」
「“傾聴”には、5分10分の沈黙が続くときがあります。沈黙というのは大変なプレッシャーですから、沈黙を破ってどうでもいい話をしたくなるでしょう。しかしカウンセリングでは沈黙の中にクライアントの抱えている問題が眠っていることがあります。簡単に言葉が出ないのです。そんな時に説明を求められると、余計に喋れなくなってしまいます。
沈黙を無駄だと思わないように。たとえば人生にも多くの失敗や挫折が起こりますが、けっして無駄な人生がないように、無駄な沈黙はありません。時には涙がこぼれることもありますし、笑いが出てくることもある。そういった言葉ではない非言語の表現も意味をもつので、それをどうやって感じ取るかが大切なのです」
(6)「日本語の力を借りて」
「私たちは日本語で物を考え、言葉を発しています。言葉の使い方や会話の展開の仕方など、日本語の特質を生かした言語表現も有効です。たとえば、日本語は他の言語と比べて大変に多くの擬音語や擬態語を持っています。たとえば『ぼちぼち』とか『じわじわ』などの言葉を取り入れるのもよいでしょう。
また、擬音語・擬態語に限らず、比喩表現を取り入れたり、時には詩的な表現を工夫したりして、豊かな日本語を駆使することが大切です。笑いの日本語がつまっている落語に、ユーモアの力を借りてもよいでしょう」
亀口先生の話は、対人関係の中で毎日を過ごしている一般の社会人にも大変役に立つ。“聞く”ということが相手を理解する最初の一歩になるのである。
◆取材講座:「ストレス時代を生き抜く知恵と工夫」(国際医療福祉大学大学院・乃木坂スクール) 取材・文/土肥元子(まなナビ編集室)写真/(c)kei907/ fotolia