犬はこうして伴侶動物になった
イヌは最古の家畜で、祖先種は群れで生活するオオカミで、約5万年前から1万5000年前の大昔に家畜化されたとされている。
牛などのほかの家畜は約1万年前、ヒトが定住生活をするようになってから家畜化されたのだが、イヌはヒトが狩猟採集生活をしていた頃から、ヒトとの共生を始めたのだった。
ヒトとイヌは互いに影響しあいながら進化してきた歴史があり、そのためヒトとの調和がとれた行動ができていると考えられている。
イヌは犬種によって大きさも見た目も多様性に富んでいる。その陰には、目的や用途に合う犬を掛け合わせて作り出す、積極的な人為淘汰をヒトが行ってきた長い歴史がある。
そうした伴侶動物として進化してきたため、犬にはほかの家畜にはない、さまざまな能力がある。
犬の高度なコミュニケーション能力とは
研究によって証明されているイヌの対ヒトの社会的認知能力には次のようなものがある。
●ヒトの動作、視線の読み取り
……指さしを理解し、「待て」を飼い主の視線次第で破る。
●ヒトの表情の区別や認知
●ヒトの知識状態の推測
……エサのありかを知っているヒトAと知らないヒトBの指さしでは、知っているヒトAに従う。
●社会的参照
……飼い主の表情を見て、物事が危険かどうかを判断する。
●あくびの伝染など模倣能力
●飼い主のクロスモーダルな認知
……クロスモーダルとは、五感を総合してで認知すること。飼い主の姿がなくても、声を聞くと人物の顔が想像できる。
●生物学的絆の形成
……イヌと飼い主は見つめあうことによって、イヌ、飼い主双方にオキシトシンというホルモンが出、それによってより親和的行動が促進されるというポジティブループが形成される。
このように、イヌはヒトと複雑なコミュニケーションがとれ、ヒトの気持ちを忖度(そんたく)するのだ。まさにヒトとの長い共存の歴史から、なるべくして伴侶動物になった動物だ。
猫が家畜化されなかったわけ
対して、ネコの祖先種は単独性のリビアヤマネコだ。1万年ほど前に現在飼われているネコが分化した。キプロス島では、約9500年前にヒトともに埋葬された猫の骨が確認されている。
ではネコはどのようにしてヒトとの共存に至ったのだろうか。
1万年前、ヒトが農耕を始めて穀物を蓄えるようになると、餌を求めてネズミが集まった。それに伴ってネコもそのそばに集まるようになり、ヒトの近くで暮らすようになった。
ネズミが密集するようになると、イヌと違い単独性の強いネコも、縄張り内で群れて暮らすようになった。そのような他個体との暮らしが、ネコ同士の親和的行動や社会性の進化に繋がり、ヒトに対するコミュニケーションも進化したという指摘もある。
しかし、イヌと違いネコは完全には家畜化されなかった。ネコのネズミ捕りとしての能力を生かすには、野性的であるほうが有利だったからだ。そのため、イヌのように早い段階での人為淘汰はされず、ごく最近まで自然淘汰だったのである。
もともと単独性であり積極的な人為淘汰(選択的交配)がなかったことにより、ネコはヒトの気持ちを忖度しない、ツレない伴侶動物となったと考えられる。
猫から始めた関わりは長続きするけれど……
ネコはヒトの気持ちを忖度しないが、忖度できないわけではない。先に挙げた、イヌのヒトに対する社会的認知能力のほとんどは、ネコにもその能力があると立証されている。
ネコはその気ままな性格ゆえか、研究対象になりにくいと齋藤先生は言う。イヌは従順に、嬉しいときは嬉しそうにするが、ネコは違う。わかっていることをアピールしないネコのデータを取るのは難しいのである。
ネコの愛情の示し方も解明されてきている。インタラクション(ネコと人が関わること)の時間は、ネコの方から始めた場合の方が、人の方から始めた場合より長いことがわかっている。つまりネコから関わりたいと思い近づいて来た場合は、より長く関わっているのだ。
ネコは、その個体の性格にもよるけれども、我慢してなでられていることはストレスとなるようだ。
構ってほしいときに構ってほしい。そんな気分屋なネコの距離感が魅力なのだろう。
昨年、日本ではネコの飼育頭数がイヌを上回ったそう。イヌとネコの距離感から「イヌは家族」「ネコは恋人」と聞いたことがあるが、今日の講義を聞いてその理由がわかった気がする。
◆取材講座:「ツレないネコの心をさぐる」(武蔵野大学公開講座・三鷹サテライト教室)
取材・文/山口杏菜(武蔵野大学文学部3年)
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