引きこもりや家庭不和に粘土を使った心理療法を

亀口憲治 国際医療福祉大学大学院教授「ストレス時代を生き抜く知恵と工夫」(その1)

夫婦の不和や子育てストレス、子供のひきこもりなど、家族や夫婦に問題を抱えているいる人は多い。課題を抱えた夫婦や家族のケアをする家族療法の技法のひとつに、“粘土対話法”というものがあるのをご存じだろうか。一緒に粘土をこねて造形する中で場の空気が変わってくるという。第一人者である亀口憲治国際医療福祉大学大学院教授に訊いた。

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これが軽量粘土。蛍光ペンなどで自由に色もつけられる

夫婦の不和や子育てストレス、子供のひきこもりなど、家族や夫婦に問題を抱えているいる人は多い。課題を抱えた夫婦や家族のケアをする家族療法の技法のひとつに、“粘土対話法”というものがあるのをご存じだろうか。一緒に粘土をこねて造形する中で場の空気が変わってくるという。第一人者である亀口憲治国際医療福祉大学大学院教授に訊いた。

日本人に向くカウンセリング技法を探して

亀口先生は国際医療福祉大学大学院教授として後進を指導するかたわら臨床心理士としても活動している。その中で直面していたのが、従来の欧米式の家族療法では日本人はなかなか心を開かない、ということだ。

「家族だろうと夫婦だろうと、本音をぶつけ合う欧米と違い、日本人はむき出しで、ああだこうだと言い合わないんです。お互いに、それを言ったらおしまいだ、というところを守っているのです。もっと日本人に向いたカウンセリング技法が必要なのではないか、家族の心と心を言葉以外でつなぐ触媒のようなものがないだろうかと思っていました」

そこで出会ったのが粘土、だという。それを発見したのは家族療法の場でだった。

家族で粘土を触っているうちに場の空気が変わり……

「不登校のお兄ちゃんと幼稚園の弟を連れた両親の4人家族と面接をしていた時のことです。長時間やりとりしているものだから子供たちも疲れて来て退屈そうにしているので、何気なく粘土を渡して『何か作ってみる?』と言ったんですね。

そうしたら熱心に粘土をこねだして、そのうち親子4人で作り始めたんです。そうこうしているうちに、なんというか場の空気が変わってきたんですね。これはいいかもしれないと思ったんです」

より軽くて柔らかい粘土を探し、巡り合ったのが「天使の粘土」と名付けられた軽量粘土だった。その心地よさは実際に触ってみないとわからない。まるでマシュマロような柔らかさ。それなのにお餅のようにぐーんと伸びる。まるで大福を握っているようだ。それにしても、なぜ粘土だったのだろう。

猫も粘土も触っていると癒される

「粘土はスキンシップなんですよ」と亀口先生。

「疲れたときに猫を触っていると癒されるでしょう、何もしゃべらないのに。よけいなことを聞かされるより、スキンシップの方が癒されるんです。軽量粘土も同じ効果を生み出します。そして知らず知らずのうちに自己表現もしているんですね。

家族が何かを作っていたら気になるでしょう? こういう会話が生まれるんです。
『それ何?』
『ウサギ』
『え、おまえもウサギ作ってるの? 俺もウサギ作ってる』
『私はトラだけど』
『トラに見えないよ』

粘土が触媒になって、何か感じ始めるんです。なんで相談してないのに同じウサギ作るんだろう、とか。みんな動物作ってるんだ、とか。

なかには夫婦で猫を作って、オス猫とメス猫でやりとりするケースもありました。『妻である私が、夫である俺が』ではなくて、『このメス猫がね、このメス猫がね』とやりとりするほうが楽なんです。

粘土を触ることで血流もよくなるし、一緒に何かを作ることで会話が生まれ、心の中を打ち明けやすくなるんです。認知症のお年寄りであまり言葉も表情も出なくなった方に粘土を触ってもらったら、1分後には皮膚の温度が上がってきて、向かい合っている人ににっこり笑って、ごく短い時間ではありましたが思い出話などを話されたこともあります」

猫も粘土も触ってると癒される

触媒として、亀口先生は塗り絵なども試したことがあるという。しかし塗り絵は視線が下に向くためアイコンタクトが取りにくく、粘土ほどの効果が得られなかったという。

もともと精神分析には粘土を使う方法がある。催眠状態に入った患者に粘土で好きなものを作ってもらう催眠粘土法というものだ。それは家族療法とは異なるものだが、手で触って造形する粘土という素材の中に、表現するのにちょうどよいものがあったのだろう、と亀口先生は語る。亀口先生はこの粘土対話法を中国や韓国でも行ってきた。興味深いのは、粘土を触りながら夫婦や家族が一緒に何かを作っていくだけで、通訳が亀口先生の言うことを通訳しないうちに空気が変わってくるということだ。

「夫婦や家族が関係を修復していくのに必要なのは言葉じゃないんですよ」

そう亀口先生は言う。こうした臨床心理学の手法や思想をひとつ知っているだけで人間関係で行き詰ったとき、役に立ちそうだ。

亀口先生は国際医療福祉大学大学院で公開講座「ストレス時代を生き抜く知恵と工夫」を受け持っている。

「カウンセリングに行くのが敷居が高ければ、こうした臨床心理学の講座に出てみたり、本を読んだりしてみてください。心の悩みを解消するのに、こういう方法があるんだ、と知るだけでも、“気づき”が生まれて心が軽くなるのです

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◆取材講座:「ストレス時代を生き抜く知恵と工夫」(国際医療福祉大学大学院・乃木坂スクール)

取材・文/土肥元子(まなナビ編集室)

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