人間が関節からダメになるように構造物はジョイント部が弱い
「天災は忘れた頃に来る」という名警句を残したのは、物理学者で文筆家でもあった寺田寅彦だが、岩楯先生は「地震は今は、忘れないうちに起こっている。日本だけでなくアジアで地震が増えてきている」と語る。
そこで、地震工学や都市防災を専門とする岩楯先生は、必ずやってくる大地震について最低限の知識と防災についての心構えを持つことが何よりも大切だと考え、来年1月開催の「過去の大地震が残した教訓を学ぶ」講座を企画したのだという。
こう書くと真面目で厳格な先生を想像するかもしれないが、専門用語を交えながらの漫談調の解説は思わず聞き入ってしまうほど。
たとえば、岩楯先生の専門の一つが、地下構造物の耐震工学であるのだが、その解説は以下のような具合。
「日本の現行の耐震基準は、過去の地震被害から得られた教訓や研究成果に基づき改訂が進められてきており、かなり厳しくなっている。これらの基準に基づいて作られた構造物は、地震(動)を受けても簡単には壊れない。
ただし、どんな構造物でも、弱い部分があるんだよ。例えば、地上構造物の場合には、1階部分が駐車場や店舗になっていて柱や店舗の壁が少ないと、この部分が壊れるし、2つのビルを結ぶ廊下などが被害を受ける。また、水道管やガス管などの地中構造物の場合は、地盤の良いところや悪いところに埋められているでしょ。このような、地盤の良い部分と悪い部分の境界にあたる部分には、耐震ジョイントを設けて、被害を受けないように工夫されているけれど、ここが被害を受けやすいんだ。
また、地下鉄や道路など、地下の十分強度がある地盤に建設されている部分は、安全なんだけど、必ず地上に出てこなければならない部分があるでしょう。地表部分は周辺地盤も弱く、固い地盤と軟らかい地盤の境界部分に耐震ジョイントを設けるなど耐震性を高める対策をしているんだけど、その部分が地震でやられる可能性が高いわけだ。
人間だってそうでしょ? 長く生きてるとだいたい膝だとか腰だとか関節からガタがくるよね、それと一緒」
構造物の構造と人間の構造を対比して面白く説明してくれるので、コンクリートの塊がいきなり柔な人肌に思えてくるから不思議である。岩楯先生の講座が人気があるのもうなずける。
プレート境界型地震と直下型地震
「地震の起こり方は、だいたいこの2つのタイプだと考えておけばわかりやすいよ。プレート境界型地震と直下型地震。
日本列島は北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートといったプレート(地球表面を覆う岩盤の層)がぶつかり合う、いわば地震の巣にある。プレート同士がぶつかってもぐりこんでエネルギーがある程度たまると、それが反発して地震が起こる。これがプレート境界型地震。これが周期的に起こるんだ。
それとは別に、活断層が原因で起こる地震がある。活断層っていうのはいわば地球ができたときの傷みたいなもの(地表の過去の活動の痕跡)で、将来も活動する可能性のある断層のことだよ。これが海にも陸にも至る所にあって、それが、それが陸地の浅くて近いところにあると、プレートの動きによって力を受けると動いて地震を引き起こす。
これが直下型地震とか断層型地震と呼ばれるもので、地震の規模(エネルギーの大きさ)はプレート型地震より小さいけれど、震源が浅いためその直上にある構造物に被害が集中して大きな被害をもたらすことになる」
東日本大震災(2011年3月)を引き起こした東北地方太平洋沖地震や、そう遠くないうちに起こるのではないかと想定されている南海トラフ巨大地震はプレート境界型地震。阪神・淡路大震災(1995年1月)を引き起こした兵庫県南部地震や、熊本地震(2016年4月)は直下型地震だ。
直下型地震の阪神淡路大震災は、土木工学・地震工学の研究者に計り知れないショック(耐震神話の崩壊)を与えたという。あれほどの多くの建造物や重要構造物の被害は、専門家から見ても予想をはるかに越えたもので、社会的には耐震神話の崩壊と厳しい批判を受け、原点に戻って、地震・耐震研究を再始する絶好の機会となった。
構造物には靭性(じんせい)=粘り強さが大切
阪神高速3号神戸線の橋脚が横倒しになった光景は、今なお忘れることができない。
橋脚1,175基のうち637基が損傷するというすさまじさで、中でも東灘区深江地区では17基のピルツ橋脚(ピルツとはドイツ語でキノコのことで、橋桁の上部と橋脚が一体になった形がキノコに似ていることから名づけられた)が倒れた。
「あの地震ではピルツ橋が横倒しになったんだけど、柱に入った鉄筋やそれを巻いていた帯筋が少なく、橋脚(柱)の靭性(じんせい)が足りなかったことから倒壊したと考えられている。
靭性とは粘り強さのこと。人間も粘り強さが大事でしょ、それが足りなかった。手抜き工事だとかいろいろ言われたけど、これだという原因は結局明らかにならなかったね」
阪神淡路大震災の教訓の1つとして、構造物の靭性を高めることが必要であることがわかり、柱をピアノ線で巻いたり、鉄板を巻いて補強したりしたという。
重要構造物は多少壊れても人的被害を最小に
また、阪神淡路大震災を機に、従来考慮されてきた地震(構造物の供用期間中に起こる地震:Level-1地震)だけでなく、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)などの直下型地震や滅多に起こらないが起こる可能性のある大地震(Level-2地震)も考慮に入れたうえで、とくに公共の重要構造物はたとえ多少壊れても人的被害を極力出さないように、また建造物に被害が出ても修復できるように、という設計体系に変わったという。
しかし難しいのは、構造物をどれほど頑丈に作っても、構造物の基礎地盤や地震動の持つ特性によって、構造物が直接受ける震度以上の揺れ(共振現象)が生じたり、地盤の大きな変状によって、構造物が傾いたり、崩壊したりすることが多々あることだ。
東日本大震災のような海溝型の大地震では、地震動の持つ特性として、継続時間が長く、長周期期成分が卓越し、さらに、直下型地震がすぐ減衰するのに比べて、なかなか減衰しないことが特徴だという。
このような特性を持つ地震動は、長周期地震動と呼ばれている。
高層ビルに大きな被害を及ぼす長周期地震動
地震の大きさ(規模)はマグニチュードで表されるが、どれくらい揺れたかは震度で表される。揺れは、地震の規模や震源からの距離、さらに構造物が立っている地盤と特性(硬軟)によって大きく変化し、通常、地震の規模が大きい程また震源地から近いほうが大きいが、建物が立地している地盤や建物の持つ固有周期などにも大きく影響されるという。
その一例が、東日本大震災で、震源地から約700km離れた大阪の臨海部に建つ52階建ての大阪府咲洲(さきしま)庁舎の被害だ。天上の落下や壁の亀裂、エレベーターが停止して閉じ込められるなど、多くの被害が出たが、地上の揺れは震度3に過ぎなかった。
これをもたらしたのが長周期地震動だ。
「高層ビル、タワーマンションはこの長周期地震動が怖い。プレート境界型地震のような日本列島を揺さぶるような地震は、ゆっくり揺れてなかなか止まらない。長周期地震動は高い建物の方がよく揺れる。
また、構造物には固有周期というのがあって、質量と剛性で周期が決まるんだけど、その周期と地震の周期が一緒になると『共振』という現象が起きて、なおさら揺れる。
共振現象が起こらないようにするのが、耐震設計の真髄であり、もちろん、耐震設計段階で固有周期は計算し、共振しないように工夫するんだけど、地震(動)にもいろいろな種類があり、地震動の特性が特定できず、完全に共振現象を避けることはできないのが現状です。
おまけに東京や大阪などの大都市は平野部に発展してきているから、そういう堆積層でできた平野部は長周期地震動を伝えやすい。結果として、一戸建てより高層ビルの方が大きく揺れて被害が出る、なんてことも起きるんです」
東京湾沿岸の低地には多くの高層マンションが建設されており要注意だ。
このほかにも、耐震と免震と制震(振)などの考え方があり、その違いだとか、構造物はねじれに弱い、とか、もう盛りだくさんのお話を聴いたが、こうしたとっておきの話は講座で聴くのが一番。
日本人にとって避けて通れない地震と防災についての講座「過去の大地震が残した教訓を学ぶ」は1月24日で聴講料は無料。すでにかなり席が埋まっているらしいので聴講希望の方はお早めに首都大学東京までご連絡を。
首都大学東京名誉教授 オープンユニバーシティ特任教授 上海交通大学客員教
専門は地震工学、都市防災、地下構造物の耐震。土木学会特別上級職や地盤工学会のスペシャルアドバイザーとして、地震工学に関する調査・研究、地震被害調査等を行ってきた。現在は、安全・安心で理想的な都市を構築することを目指し、これからの地震工学・耐震工学を担う後進の指導・育成することを自分の使命(Mission)と考えており、さらに、首都大学東京のオープンユニバーシティの特任教授として、一般市民の防災意識の啓蒙に力を入れている。
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取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子)