〈うっかり〉でなく、〈わざわざ〉横倒し
「“縄文のビーナス”は、掘られた穴の底に、壁に向かって横倒しで発見されたんです」
「うっかり横になってしまったというのではない。あきらかに、わざわざ横倒しにして埋めたのです。こういう出土状況は、非常にまれでした。
ところがその出土状況は、これ一体で終わらなかったんです」
「この14年後、2000年に、これまた完全体に近い土偶が、同じ茅野市の中ッ原石鼎遺跡から出土しました。“仮面の女神”と名付けられた土偶で、これも国宝に指定されました」
「“縄文のビーナス”は縄文中期のものでしたが、“仮面の女神”は縄文後期のものです。その出土状況が、これもまた、穴を掘って、その穴の底に横倒しに置いてある、といったものだったんです。
つまり、レアケースが続いたというわけですね、しかも同じ市内で。皆さんはどう思われますか?」
この講義の特徴のひとつは、講師が受講生に問いかけながら進めていくということだ。
「土偶は人のかたちをしている、いわば人形(ひとがた)ですね。それを、わざわざ穴を掘って埋める。これは、人の埋葬に近いですよね。
でも、縄文時代、横倒しに人を埋葬する、という風習はなかった。それだけではない、新潟県の栃倉遺跡では、わざわざ逆さまに埋められた土偶も見つかっています」
「土偶はふつう、手や足、頭が取れたり割れたような状態で見つかる、と説明しましたよね。でも、最初から割れているわけではない。最初はすべて完成品です。それを、わざと割ったり、折り取ったりする。
そこで考古学者は、土偶は何らかの儀礼に使われたものだと考えました。いわば、呪術の道具です。
呪術と聞くと、おどろおどろしいですよね。でも実際、皆さんは知らず知らずのうちに、呪術をおこなっているんですよ」