『ハリー・ポッター』に登場、引っこ抜くと悲鳴をあげるマンドレイク
映画『ハリー・ポッター』に、引っこ抜くときギャーっと悲鳴をあげる植物が出てくる。その悲鳴を聞くと死んでしまったり正気を失ったりするので耳栓をして抜くという。その植物の名はマンドレイク。マンドラゴラともいう。悲鳴をあげるというのはもちろんファンタジーの世界での話だが、実際に、はるか古代から使われてきた薬草だった。
武蔵野大学の公開講座「知っておきたい漢方いろは」は、武蔵野大学薬学部教授を務めた油田正樹先生が、漢方に限らず世界の伝統医学に使われてきた薬草を紹介する貴重な講義だった。その講義は、最古の都市文明といわれるシュメール文明で使われた薬草の話から始まった。
幻覚作用に催淫作用も
シュメール文明はイラク・クウェートのあたりに、今からおよそ5000年前、紀元前3000年ごろに起こった文明で、高度な医学的知識も有していた。そこで使われた薬草の一つがマンドレイクだ。
マンドレイクの根は強烈な幻覚作用を持つ。また、催淫作用もあり、古代から根を食べると慎みを忘れると言われ、デビルズアップルやラブアップルなどの別名もあるという。
ナス科植物は毒性が強い
なお、シュメール人たちが使った薬草としてはほかに、ヒヨスなどもあった。マンドレイクもヒヨスもナス科の植物で、ナス科には有毒なものが多いと、油田先生は語る。
ひょっとして、と思って調べてみると、アガサ・クリスティ―の小説によく登場するベラドンナもナス科だった。ベラドンナは幻覚や記憶障害を起こさせる毒物として、クリスティーの小説に出てくる。ナス科には要注意である。
ケシも古代から使われた薬草だった
このほか、シュメール人が使った薬草は、ケシ、カモミール、シナモン、アーモンド、リコリス、ローリエ、ザクロ、イチジクなど。食品やスパイスとして身近なものが多いが、馴染みのないのはケシとリコリスだろう。
まずケシについて解説しよう。ケシの花は一重できれいだが、花が落ちるとケシ坊主ができる。これに傷をつけると、白い液体が出てくる。これがアヘンだ。この成分は、アヘンアルカロイドで、モルヒネのような疼痛緩和(とうつうかんわ)作用がある。
次にリコリス。これはスペインカンゾウとも呼ばれ、漢方薬でも使われる甘草の親戚だ。成分のグリチルリチンは、抗炎症作用などがある。北欧などではグミや飴などの菓子にも使われ、結構人気が高い(ただし日本人には不評のようだ)。自然の甘みがあるので、甘味料としても使用される。
中世ヨーロッパの“魔女”も使った麦角
講座では、古代エジプト医学で使われた珍しい薬や、中世ヨーロッパの産婆などが使った薬なども紹介された。その中で紹介したいのが、麦角(ばっかく)。
麦角とは、麦などのイネ科植物の穂に寄生する菌類で、その姿がまるで麦から黒い角が生えたように見えることからそう呼ばれる。成分のエルゴタミンが子宮収縮の促進や出血の予防に効果があるため、中世ヨーロッパでは産婆が陣痛促進剤や出産時の出血予防に使用した。
産婆たちは、正規の医師ではなかったが、民間療法の担い手として“賢い女性たち”と呼ばれていた。しかし当時の教会は、こうした薬物の知識を脅威に感じ、“魔女”として火あぶりにしたという。
ちなみに麦角は、その強烈な血管収縮作用のため、誤って食べすぎると、手足の壊疽などを引き起こす食中毒「麦角中毒」を起こすこともあり、大変に危険なものだったようだ。恐ろしい……。
聞けば聞くほど面白い薬物の話。ファンタジー小説のキャラクターとなるのもうなずける。
◆取材講座:「知っておきたい漢方いろは」(武蔵野大学三鷹サテライト教室)
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文/まなナビ編集室 写真/フォトリア