キリスト教徒にとって教会とは、かつてはその人間が生まれてから死ぬまでのすべてを見届けるところだった。生まれると洗礼を受け、結婚式も教会で挙げ、遺言を残す際も作成は本人と弁護士が行うが、遺言を収めるのは教会。葬式も当然教会で行われ、教会に葬られる。人生儀礼のすべてが教会で執り行われるのだ。そのなかでもイギリス国教会の定める教会婚はとても面倒なものだった。3連続日曜日の「結婚予告」や、大主教発行の「結婚許可証」など、こまごまとした規則が定められていた。
19世紀以降、こうした規則に縛られた教会婚に異議を唱える立場から、民事婚(シビルマリッジ)というものが徐々に増え始める。牧師は立ち会わず、登記所に結婚登録をしておしまいというシンプルな結婚式だ。さすがにローズの場合はこれで終わりというわけにはいかず、形ばかりの祝福の儀式を教会で行うが、ベールも被らないものだった。
イスラエル建国にも役割を果たしたロスチャイルド家
この民事婚のシーンで、先代グランサム伯爵夫人バイオレットのセリフが効いている。メアリーに「おばあさまは民事婚に出るのは初めて?」と聞かれ、さすが物知りで経験豊かなバイオレット、「1878年にローズベリ伯爵とハンナ・ロスチャイルド男爵令嬢の結婚式で経験済みよ」と答えるのである。ローズベリー伯爵はスコットランド国教会の信徒。そしてロスチャイルドはヨーロッパ最大のユダヤ系銀行家ロスチャイルドの一族である。
松園先生によれば、作中に登場するシンダービー卿は、ロスチャイルド男爵をモデルにしたものだという。金融業を生業とするロスチャイルド家は、早くからヨーロッパ中にブランチ(支部)を作り、巨万の富を築いた。イギリスに溶け込むために多大な努力をし、一段一段階段を上がるように平民からナイト爵になり、准男爵になり、そして男爵となった。イギリスにはびこる反ユダヤ主義のなか、それだけ溶け込みながらも、しかしロスチャイルド家はキリスト教への改宗を拒否した。そしてイスラエルの建国にも大きな役割を果たしたという。
持参金は村一つ二つ買えるくらい
さて、話はまた、ロンドンのタウンハウスに戻る。ローズとアティカス・アルドリッジの結婚に際し、双方の両親の初顔合わせは、ローズが世話になっているグランサム伯爵のタウンハウスである“グランサムハウス”で行われた。当時のイギリスは純然たる男社会なのに、なぜ新婦側の家で行われるのだろうか。
松園先生はこう解説する。
「当時は、まだ持参金結婚の風習が残っていたんです。これから新婦は新郎の家に入ってお世話になる。だから結婚式までは新婦がまかなうことになっていました。持参金の額も桁外れで、新婦側の家の収入によっては、村一つ二つ買えるくらいにのぼります。今でもイギリスでは挙式や披露宴の費用は新婦側がもつ例が多く見られます。
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文/まなナビ編集部 写真/(c)wayne / fotolia