世界のしあわせをカタチにするために
武蔵野大学は、国際的仏教学者の高楠順次郎(たかくす・じゅんじろう)が1924年に浄土真宗本願寺派の宗門関係学校として設立された武蔵野女子学院が前身である。設立以来、仏教に基づく人間教育を行ってきた。
2016年4月に学長に就任した西本照真学長は、仏教の理念である『生きとし生けるものが平和でしあわせに』という願いの実現に向けて、学生・教員・職員・関係者皆が自分のこととして考えられるよう、さまざまな施策を行ってきた。
そのひとつが『しあわせ研究所』というプロジェクトだ。学長は次のように語る。
「『しあわせ研究所』は昨年2016年7月に設立しました。そのちょっと前のことですが、昨年4月に学長に就任した際、新しいブランドステートメントを発表しました。それが『世界の幸せをカタチにする』というものです。
武蔵野大学は仏教の目的である『生きとし生けるものが平和で幸せに』を本旨とする大学です。しかし今日、仏教の教えは分かりにくいイメージがあるのも事実です。仏教の説くすばらしい理念を今日的に伝えるにはどのような言葉で発信したら届くのか。そこで『世界の幸せをカタチにする』というブランドステートメントが生まれました。
なぜ『形』と表記しなかったかというと、形と書くと目に見える物質的なイメージが強くなるからです。
日本は戦後、経済成長を続けてきましたが、それは今持っている物よりもっと豊かな物を、もっと快適な物を、もっと便利な物をと追求し続けてきた道のりでもありました。
そのおかげで1960年から2010年までの50年間にGDP(国内総生産)は6倍に伸びたといいます。しかし生活の満足度は、じつはほとんど変化がなかったのです。私たちはしあわせになるために経済活動に取り組んできたはずなのに、しあわせ観は経済成長ほどには伸びていかなかったのです。
私たちはついつい、地位、名誉、財産といった、ほかと比較できる、いわば見えるものをしあわせの指標としがちです。しかし、そろそろ私たち自身の独自の価値に基づくしあわせ観を考える時が来ているのではないかと思います。
あえて『カタチ』と記したのは、ほかとは比較できない、目に見えないものも含めて世界のしあわせを考えていこう、という思いをこめたものです。そしてその具合的な行動として、『しあわせ研究所』を設立しました」
ハピネス・クリエイターを社会に送りたい
『しあわせ研究所』には現在、学内外から100人余りの研究員があつまり、18ほどの研究プロジェクトが立ち上がっているという。
「世界はいま多様な問題に満ちています。武蔵野大学には今、9つの学部、16の学科がありますが、そういったさまざまな問題や課題を、それぞれの専門で考えていくと同時に、専門を越えた学際的な連携を取りながら解決していきたい、そのために学長直轄のプロジェクトとしました。所長は私です。
たとえばダンスを通してしあわせを、とか、能の身体的な動作を通して高齢者の健康づくりを、などのプロジェクトもあります。また、オムニバス形式でさまざまな専門分野の教授陣が学生とともに『しあわせ』についてディスカッションしながら考える授業も展開しています。
ハピネス・クリエイター賞というのも出していましてね、ささやかではあっても、しあわせに役立つ活動をした学生・教職員・卒業生等に対して、学長・しあわせ研究所所長から賞を出しています。
11月には、武蔵野大学しあわせフォーラム『ブータンの賢者に学ぶしあわせの実践学』と題し、GNH(国民総幸福量)の追求を政策の中心に据えた国づくりを進めるブータン王国からお2人の賢者をお招きして、個人や社会のしあわせのありかたを考える国際的シンポジウムを開催しました。
こうした展開を通して、世界のしあわせのために問題解決能力を身に着けた学生がハピネス・クリエイターとして社会に巣立っていってほしいというのが、我々武蔵野大学の願いです。
また、生涯学習の場でも、『しあわせ研究所特別講座』を定期的に開催していきます。来年2018年1月には『しあわせの法律学』と名づけた講座も開催しますし、2月には私も『世界の幸せをカタチにする』と題した講演を行います。
じつは、『世界の幸せをカタチにする』というブランドステートメントを昨年打ち出したとき、ロゴも変更しました。
Musashino University のMとUの間にあしらわれたのは、地球です。武蔵野大学の考える『しあわせ』とは、ひとりのしあわせではなく、世界のしあわせ。地球全体を視野に入れたしあわせを実現したい。そうした『世界のしあわせ』は、仏教の理念と通底するものなのです」
ブッダの説いたしあわせは今なお実現されてはいない。私たちももう一度、自分のしあわせとは何か、世界のしあわせとは何か、じっくり考えてみてはどうだろう。たった一度の人生、たった一つしかない地球なのだから。
にしもと・てるま 武蔵野大学学長 東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専攻博士課程単位取得後退学、文学博士。日本学術振興会特別研究員、東京大学非常勤講師、信州大学非常勤講師、横浜市立大学非常勤講師等を歴任。研究領域は、仏教学、中国思想。著書に『三階教の研究』『華厳経を読む』『新国訳大蔵経 浄土部3』ほか。
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取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)