魔女狩り、錬金術、漢方…伝統医学の驚嘆16000年史

油田正樹先生の「知っておきたい漢方いろは」その1@武蔵野大学

人間はその文明の最初から、病や死をどうとらえるのか、どう乗り越えるのか、という課題と闘ってきた。それを教えてくれるのが、武蔵野大学の公開講座「知っておきたい漢方いろは」。講師の油田正樹先生は今春、同大薬学部教授を退任したばかりの薬学のスペシャリスト。驚嘆する伝統医学の歴史を紹介する。

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シュメール人も利用したケシ。ケシ坊主に傷をつけて出てきた白い液体からアヘンを抽出する

人間はその文明の最初から、病や死をどうとらえるのか、どう乗り越えるのか、という課題と闘ってきた。それを教えてくれるのが、武蔵野大学の公開講座「知っておきたい漢方いろは」。講師の油田正樹先生は今春、同大薬学部教授を退任したばかりの薬学のスペシャリスト。驚嘆する伝統医学の歴史を紹介する。

ケシも医療に使っていたシュメール人

西洋医学の歴史はシュメール人に始まる。シュメール人とは今からおよそ5000年前となる紀元前3000年に、現在のイラクやクウェートの位置するエリアでシュメール文明(メソポタミア文明)を築いた民族だ。シュメール人は病気を、悪霊が体の中に棲みついて具合が悪くなると解釈した。高度な医学知識を持っており、楔形文字で記録された粘土板に、薬となる植物・動物・鉱物が記録されている。

使われた薬草植物は、イチジク、カモミール、ケイヒ(シナモン)、ケシ、ザクロ、サフラン、ディル、ヒヨス、フェンネル、ベラドンナ、マンドレイク、ミント、リコリス、ルッコラ、ローズマリー、ローリエ(月桂樹)など多種にのぼる。このうち、ケシ、ヒヨス、マンドレイクについては、別記事「古代人も使用、ハリポタ・ドラクエ・モンスト登場薬草」をお読みいただきたい。

なぜミイラは腐らない? 古代エジプト医学のすごさ

シュメールに続くかたちで、古代エジプトでも医学が発展した。その発祥は紀元前2900年頃にさかのぼるという。古代エジプト医学のシンボルは、人間の体に鳥の頭を持ったトート神。医術、錬金術、芸術を生み出した神様である。

古代エジプトでも疾病は悪霊が原因だとされていた。その悪霊を追い出すために、吐かせたり、下させたり、瀉血(しゃけつ=血液を外に排出すること)させたりすることが主な医療行為とされていた。この考えは、現代の西洋医学まで続いている。悪臭のするものが吐剤として用いられたことから、なかには、動物の糞や腐敗した肉などまでもが薬として用いられたという。

紀元前1550年頃に書かれた「エーベルス・パピルス」(19世紀にドイツ人のゲオルグ・エーベルスによって発見されたことからそう呼ばれる)には、800を越える処方と、700種もの薬が記されている。使われた薬草は、アサ、アニス、アロエ、アラビアゴム、安息香、オリーブ油、カモミール、クミン、ケイヒ、ケシ、ゲンチアナ、コリアンダー、サフラン、ザクロ、ショウブ、セロリ、セージ、センナ、トウゴマ(ひまし油)、杜松実(としょうじつ)、ニガヨモギ、乳香、ヒヨス、マンドレイク、没薬(もつやく。ミルラ)、ミント、ヤマホウレンソウ、ラベンダーなど。

なかでも、ミルラについて解説しよう。ミルラは薬草ではなく、ムクロジ目カンラン科コンミフォラ属の木から分泌される樹脂。防腐作用や抗菌作用があり、ミイラ作りに使われたことで有名だ。

ミルラ。強力な防腐・抗菌作用を持ち、ミイラを作るのに用いられた

ミイラを作るには、死体から内臓を取り出し、その中にミルラやシナモンなどの防腐・抗菌作用のあるものを詰め、何週間か置いたあと、硫酸ナトリウムで脱水し、シダーウッド(ヒノキ科の樹木)の油に浸した包帯でまく。そうすると腐らないという。

古代エジプトの医学水準は高く、外科の分野においても、義歯・義足はもちろんのこと、義指までもが精巧に製作されたという。

現代医学の始まり、ギリシャの医学

古代エジプト医学の影響を受けて誕生したのが、西洋医学のルーツともいえるギリシャ医学である。古代ギリシャにも医学の神様がおり、それがアスクレピオス。アポローンとコローニスの間にできた子である。

このアスクレピオスの弟子たちをアスクレピアドといい、彼らは数多くの神殿を建て、そこで人々の病の治療をした。300以上あったというそれら神殿は、病室や浴室や運動場を備え、そこでは食事療法・運動療法・沐浴が行われた。薬を与える以外の治療が施され始めたのである。また、使われる薬も服用させるだけではなく、湿布剤や坐薬など、多様となってくる。

古代ギリシャで最も有名な医者は、紀元前400年頃に活躍した近代医学の父、ヒポクラテスだろう。彼は、病気になるのは自然現象だと考え、医療は自然治癒力の回復を助けるものとする科学的医学を確立した。

また、患者のプライバシー保護や医の平等、人道主義など、医師の職業倫理について記した宣誓文「ヒポクラテスの誓い」を残し、これは今日に至るまで医の倫理の基本となっている。

魔女狩りで民間医療の担い手を駆逐してしまったヨーロッパ

476年に西ローマ帝国が滅亡すると、ヨーロッパ文化は一般に“暗黒の中世”と呼ばれる時代に入った。教会の力が大きくなったことで、科学は停滞し、暗黒の中世は1000年も続いた。その末期には、あの悪名高い魔女狩りも出現した。

「魔女と名指しされた人の多くは、“賢い女性たち”と呼ばれていた民間療法の担い手でした。正規の医師や薬剤師ではありませんが、たとえば産婆など、出産や疾病治療に大きな力を発揮していた女性たちでした。彼女たちは妊婦には、陣痛促進作用や分娩後の出血を予防する作用をもつ麦角(ばっかく)を、心臓疾患を持つ人には強心剤としての作用をもつジギタリス(強心剤)を処方するなどかなりの薬学知識を持っていました。

しかし、それらの薬に効果があればあるほど、教会は脅威に感じたのです。また教会は、“生みの苦しみはイブに下された正当な罪”と考えていたので、出産を楽にしようとする産婆は有害だとされました。彼女たちは魔女とされて火あぶりにされました」(油田先生。以下「 」内同)

アルコールもエキスもフラスコも、アラビアの錬金術から生まれた

ヨーロッパで文明が停滞するなか、医学の発展をけん引したのは、アラビアだった。

7世紀始め、マホメット(ムハンマド)がアラビアの諸種族を統一してイスラム教国家が生まれた。遊牧民だった彼らは、都市に定住するようになったことで都市型の病気にかかるようになった。そこでギリシャやローマの医師が招聘され、アラビア語に翻訳された医学書も普及するなど医学が発展した。

「アラビア医学で最大の成果は錬金術(れんきんじゅつ)です。錬金術と聞くと、鉄を金に変えるといった人間の欲のかたまりのようなものに思えますが、その一方で、発酵蒸留濃縮の技術が発展し、ビーカーフラスコなどの実験器具も生まれました。また、アルコールアルカリ カンフルシロップエキスなどの概念や用語も生まれ、科学は急速に進化しました。錬金術はアルケミア(alchemia)といい、ケミカル(chemical)という言葉はここから生まれました。

いま、医療専門職に男性が多い理由は、ヨーロッパで民間治療の担い手であった女性たちが魔女狩りで迫害された後に、このイスラム医学が先進的な医学として伝わったことが大きいですね」

インドでは紀元前にアーユルヴェーダが誕生

東洋の話に移ろう。インドでは、紀元前2000年から1000年頃に、アーユルヴェーダが成立したとされる。

アーユルヴェーダとは、Ayus(生気、生命)+Veda(知識、科学)で、「生命の知識」といった意味をもつ。油田先生は、この考え方は漢方の“気血水(きけつすい=エネルギーとしての気、血液、血液以外の体液。これらの循環で生命が維持されているという考え方)”に近いものがあるという。

アーユルヴェーダでは、ヨガ、マッサージ、ハーブバスなどが行われ。食事療法にはスパイスが使われる。また、治療方法は、催吐法(吐かせる)、催下法(下させる)、浣腸法(かんちょうほう)、経鼻法(けいびほう=薬物を鼻から吸収させる)、瀉血法(血を抜く)などがあり、西洋医学に近い。

中国文明発祥は紀元前16000年。漢方の神様は神農

そして古代中国では、漢方が生まれた。漢方の考え方の基本は、表面的に表れている病気だけに注目するのではなく、原因を明らかにしてそこから治すことが一番大事だという考え方だ。

では、古代中国文明はどれほど遡れるのだろうか。ひと昔前は黄河文明と習ったかと思うが、それはもう古い知識だ。現在では紀元前14000年ごろ生まれた長江文明、紀元前6200年ごろ生まれた遼河文明(りょうがぶんめい)など、さまざまな古代文明が発見されている。紀元前3000年のシュメール文明ほかと比べてもどれほど古いかがわかるだろう。

最新の研究では、稲作が始まったのが紀元前8000年、茶の栽培は紀元前3000年、養豚が紀元前6000年、養蚕が紀元前3000年とされているというのだから、医学・薬学が誕生したのも相当古いと思われる。

漢方の生みの親とされるのが、古代中国の伝説の皇帝、神農(しんのう)である。神農の時代に農耕が始まり、農具なども開発されたという。神農は医学と農業をつかさどる神様で、どの草が毒で、どの草が食べられるのか、どの草が病を治すのかを実際に食べて確認したという。

現存最古の東洋医学の医学書は、紀元前3世紀から1世紀の間に書かれた『黄帝内経(こうていだいけい)』だ。黄帝もまた伝説上の人物で、五穀の栽培を奨励し、野獣を飼いならし、さまざまな発明をしたとされている。その著とされる『黄帝内経』は、生理と病理、さらに診断・治療・鍼灸術が記したもので、漢方の基礎理論書とされている。

紀元1~3世紀に成立した『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』は、365種もの薬物の薬効などを記した最古の薬学の書であり、今でも漢方薬を研究する製薬会社では読まれているという。また、紀元3世紀頃に成立した『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』は、急性熱性病から慢性病まで、あらゆる疾病の治療法などが書かれたもので、日本の漢方の基本図書として今でも使われている。

見直される伝統医学の薬学知識

以上、伝統医学の流れをざっと概観したが、いま伝統医学で使われた薬が見直されているという。西洋医学で開発された薬は次々と消えていくのに、伝統医学の薬は何千年も使われ続けている。

実は薬の7割は、植物から生まれている。伝統医学で使われた薬草からも、まだ発見されていない成分が見つかるかもしれない。これを期待して、いま世界の多くの製薬会社は伝統医学で使われた薬草の研究に力を入れているという。

 

◆取材講座:「知っておきたい漢方いろは」(武蔵野大学公開講座・三鷹サテライト教室)

文・写真/まなナビ編集室

 

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