「“がん”とは哲学だ」と説く大学教授の心に響く名言

日本人の主な死因は「悪性新生物(がん)」「心疾患」「肺炎」「脳血管疾患」。なかでも「がん」は死因の3割を占め、右肩上がりだ。そんな時代に順天堂大学教授の樋野興夫先生は「がん哲学」を提唱し、各地でがん哲学外来を開いている。早稲田大学エクステンションセンターで開催されている「がんと生きる哲学」講座を取材した。

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「変えられないものは受けとめて、変えられるものに全力を尽くす」(c)Choat/Fotolia

日本人の主な死因は「悪性新生物(がん)」「心疾患」「肺炎」「脳血管疾患」。なかでも「がん」は死因の3割を占め、右肩上がりだ。そんな時代に順天堂大学教授の樋野興夫先生は「がん哲学」を提唱し、各地でがん哲学外来を開いている。早稲田大学エクステンションセンターで開催されている「がんと生きる哲学」講座を取材した。

がんや命について静かになごやかに語り合う

「がん哲学」は、生きることの根源的な意味を考えようとする患者と、がんの発生と成長に哲学的な意味を見出そうとするある医師との対話から生まれた。講座「がんと生きる哲学」(早稲田大学エクステンションセンター)は、患者、家族、その周囲の人々すべてが対象だという。実際にのぞいてみると、車座になった人々が、がん、科学、哲学、いのちについて、静かに語り合っていた。

この講座の進み方はいっぷう変わっている。

まず受講生が教科書(『がん哲学』樋野興夫著、EDITEX)を2ページずつ朗読。その後、朗読部分についての質問を樋野先生に投げかけていく。それに対して、樋野先生がわかりやすく、ユーモアを交えながら、そして時に楽しく脱線しつつ、回答や解説を行っていくというスタイルである。

この、受講生と樋野先生の〈対話〉が、この講座の真骨頂だ。樋野先生の穏やかで愛情あふれる語り口に引き込まれ、知らず知らずにうちに、がんに対する確かな知見や新しい視点を得ることができるという仕組みである。

ふと気づけば、「がん」「哲学」と、眉間にしわを寄せたくなるイメージの組み合わせにもかかわらず、受講生からたくさんの笑い声が起こっていた。かくいう私も、なんだか楽しい時間を過ごしていた。

深刻な話題なのに楽しい。重い病の話なのに笑ってしまう。そんな不思議な魅力の一端を味わっていただければと思う。

人間社会に起こることは、がん細胞にも起こる

受講生はまず、テキストの一節を朗読する。

『天寿がん』の時代に向けて 名詞の世界から形容詞の世界へ」(『がん哲学』P14-15)より

がんは一人ひとり、その性質が全部違う。遺伝子の変化でもしかりである。がんは個別的、個性的であって、『良いがん』もあれば、『悪いがん』もある。『良いがん』は治療によく反応して治るが、『悪いがん』になると、治療に抵抗するようになる。『がん』という『名詞』ではなく、『良い』『悪い』という「形容詞』の世界で見ると、がんでも人でも、見る目に幅が出てくるはずである」(一部抜粋)

朗読の後、受講生は樋野先生に問いかける。

受講生:「天寿」とは何でしょうか?

樋野先生:「天寿」というのは、「何歳」というものではないんですね。40歳の人いれば、90歳の人もいる。いまは平均寿命が80歳くらいだから、そのくらいだと考える人が多いかもしれませんが、年齢ではないんです。

受講生:「ある確率でDNAに傷がつく。よって、生きるということが、がん化への道でもある」と本にありますが、どういうことでしょうか?

樋野先生:人間は2万から3万の遺伝子を持っていますが、そのなかでがんを起こす遺伝子は100とか200くらい。多くの遺伝子はがんと関係ないのです。関係のある遺伝子が異常になったら、人はがんになるわけです。

受講生:がん細胞と免疫の関係について教えてください。

樋野先生:がんが大きくなるのは免疫の影響だけではありません。がんがある程度大きくなったら免疫の影響はかなり出てきますが、小さいときは、むしろ正常細胞とがん細胞とのコミュニケーションによって、がんが大きくなったり、反対に大きくならなかったりするんですね。

僕がいつも言っているのは、「がん細胞に起こることは人間社会にも起こる、人間社会に起こることはがん細胞にも起こる」ということです。がん細胞は、いわば不良息子と同じです。不良息子を大人しくさせること、あるいは、巨大化させないことがまずは大事なんですね。

何もしないほうがいいと言い切るのは純度が低い知識

受講生:「がんの性質は、境遇によって(外からいろいろな方法で〈適時〉に〈的確〉に介入することによって)変えられる時代になってきた」と先生の本にはありますが、「何もしないほうがいい」と仰る先生もいます。先生のお考えを教えてください。

樋野先生:今はいろんなことを仰る先生がいますし、いろんな本が出版されていますが、何もしないほうがいいと言い切るのは純度が低い知識だと思います。我々から見ても何が正しいかわからない部分はあります。その場合、曖昧なことは曖昧だと答えるのが科学的な態度です。つまり純度の高い専門家は「わかりません」と言う。そういう先生には「愛」があると思います。だから最後まで患者と寄り添います。

ただ、自然治癒がないわけではないんです。特殊なタイプのがんには起こります。ですから自然治癒を否定はしないけれど、やはり、常識的に考えなければいけないと思いますね。本に書いた〈適時〉というのは「できるだけ早く」ということ、〈的確〉は、「正しい方法で対処・治療する」こと、これが大事ですね。

名詞に一喜一憂していると、人生、疲れる

受講生:「名詞」ではなく「形容詞」でものを見る、ということの意味を、もう少し具体的に教えていただけますか。

樋野先生:名詞に善・悪はない。形容詞に善・悪がつく。ですから形容詞でものを見ることが大事だということです。

たとえば我々の「顔」で考えると、「顔」は変えられないけど、「よい顔つき」「悪い顔つき」というのはある。顔つきは日々の心がけで良い方にも悪い方にも変えられます。いつもニコニコしている人の顔つきはどんどん良くなりますよね。

名詞に一喜一憂していると、人生、疲れるんです(笑)。変えられないものは受け止めなければならない。変えられるものに人は全力を尽くしてほしいと思いますね。

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樋野先生と受講生の対話は、かみ合うときもあればかみ合わないときもある。それがまた絶妙で、深刻な話題について少し離れた目線で考えられるようになるのだ。「わからないものはわからない」という科学者の誠実な姿勢が、言葉を哲学に変えていく。

(続く。次回は「『がん』は人類に最後まで残る課題 それに向き合うのが『哲学』」2月15日公開)

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◆取材講座:「がんと生きる哲学」(早稲田大学エクステンションセンター中野校)

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文/まなナビ編集室

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