セックスワーカーが安全・健康に働けるために
日本では、性の話はタブーであることが多い。筆者がAV現場で仕事を始めたときも、多くの人からは眉をひそめられたものだ。AV女優をやるわけではなく、脱ぎもしなければ性に関わる行為もしないというのに、そんな反応だ。それが自ら性を売るセックスワーカーならなおさら世間の目が冷たいのは想像に難くない。
ジェンダーフォーラム主催の講座、第73回ジェンダーセッション 「性風俗で働く人々と “女性自立支援”」を聴講してきた。
講師は、SWASH(スウォッシュ)代表の要友紀子(かなめ・ゆきこ)氏。SWASH(Sex Work and Sexual Health)は、セックスワーカーが安全・健康に働けることを目指して活動しているグループだ。HIVなどの性感染症対策にも力を入れているという。
セックスワークもほかの仕事と同じ
講座では、日本政府や海外の動向を紹介しつつ、問題点を浮き彫りにしていった。
例えば内閣府男女共同参画局の「第4次基本計画」第7分野「女性に対するあらゆる暴力の根絶」(売買春への対策推進)施策の基本方針は──
「性を商品化し、人間の尊厳を傷つける売買春の根絶に向けて、関係法令の厳正な運用と取締の強化を行うとともに、売買春の被害から女性の保護、心身の回復の支援や社会復帰支援のための取組、若年層等への啓発活動を促進する」
「……売春の相手方に対する対策や周旋行為の取締を一層強化するとともに、売春防止法の見直しを含めて検討を行う」
──とある。
もちろん意に沿わない売春を強要されるのはいけないことだ。それは根絶しなければいけない。しかし要氏によると、こうした政府の取り組みは、あまりに当事者の声を聞かないまま作成されているという。
「よく、セックスワークをやりたいか、やりたくないかという二元でものを聞かれることがあります。しかしそう簡単に分けられることではないのです。一般の仕事でも『もういやだ辞めたい』と思うことはあるでしょう? セックスワークも同じです。
『いい同僚に巡り会えた』
『お客さんが優しかった』
『指名を取れてたくさん稼げた』
『自分に合った業種を見つけた』
というような出来事があれば『この仕事をもっと続けたいな』と思います。
しかし、
『お客さんから怖い目に遭わされた』
『盗撮された』
『性感染症になった』
といったことがあれば『もう辞めたい』と思うでしょう。そして重要なのは、こうしたネガティヴな経験や被害のほとんどは、法や施策などによって改善可能だということです」
セックスワーカーは『癒し』を売る
重要なことは、セックスワークの仕事に誇りを持って働いている人々も少なくないということだ。筆者も何人かそういう女性に会ったことがある。
現役の風俗嬢で、性感染症予防などの啓蒙に取り組んでいる女性もいる。ソープ嬢として長年働き、後輩の指導を行っているという女性は、仕事に絶大な誇りを持っていた。
「ジェンダー論の視点では、セックスワークは『性を売る』という表現がよく使われます。しかしセックスワーカーが客に何を売っているのかと聞くと、『愛情や安らぎ、楽しい時間を売っている』と回答します。彼らは、性を売るというよりも癒しを提供している感覚なのです」
筆者が読み聞きするだけでも、それは理解できる。セックスワークを「性を売る」商売だと捉えるワーカーには客がつきにくく、癒しや心の絆を大事にするワーカーは人気が出る傾向にあるようだ。
非合法化するとかえって危険に
こうした前提を踏まえると、必要なのは根絶に向けた取り組みではなく、セックスワーカーの安全を支援する働きだという。
「風俗店への取り締まりが厳しくなると、箱型の店舗経営が厳しくなっていきます。その結果、現在は店舗を持たず、お客の指定するホテルや自宅へ出向くデリヘルが主流になってきました。しかしそうすると、セックスワーカーたちの安全を守ることが難しくなってしまいます」
こうして次にデリヘルを摘発していけば、また新しい形態のサービスが登場するだろう。いたちごっこだ。では女性を買う男性を取り締まったらどうなのか。海外ではこんな事例があるという。
「例えばカナダでは、客が犯罪化される前(2014年以前)は、セックスワーカーは路上で客と金額や行為の交渉ができ、コンドーム装着の有無、金額、場所などを話し合う過程でリスクアセスメントができました。しかし買春者処罰化以降、そうした風景は警察に見つかると捕まってしまいます。そうなると警察の目を気にして急いで客の車に乗り込むようになり、望んでいない危険な行為や金額を要求されることにつながり、セックスワーカーの安全を守りにくいのです」
社会防衛的態度はセックスワーカーの不安全につながる
社会防衛的態度は、セックスワーカーの不安全化につながる。社会の人々を守るという態度では、セックスワーカーたちへの抑圧や弾圧が強まり、結果ハームリダクションの考え方から遠ざかる危険がある。
1980年代にアジアでHIVが流行したとき、原因として責められたのはセックスワーカーたちだという。そのため、1990年代以降タイが先駆けとなり、業界弾圧に立ち向かう動きが広がったのだとか。
こうした流れの中でSWASHは風俗店への講習を積極的に行っている。行為をしても性感染症になりにくい技術の提供や、ストーカー対策や法律の講座など、セックスワーカーの健康と安全を守るための研修を行っている。しかしこのような取り組みができるのは、大手といわれる店に限られる傾向にあるという。
「大手グループの幹部の方々は、一般企業からの転職組だったりと、コンプライアンスを身につけている方が大半で、講習などの教育にも熱心です。しかしそうではないお店の場合、売り上げに直結しないことに非協力的な方も多く、講習を行う余裕がありません。当然、こうした店舗への現場介入は難しくなります」
取り締まりが厳しくなれば、アンダーグラウンドの店舗が増えていくだろう。そうすると、ますます業界は無法地帯になっていく。
「オーストラリアのニューサウスウェールズ州やニュージーランドでは風俗が非犯罪化されています。その代わり、オーラルセックスのサービスにおいてもコンドームをつけるなどの管理が徹底されていて、売春改善法により、顧客がコンドームを使わないと罰金が科せられるんです」
拒絶より、受け入れと問題解決を
講座の冒頭で、司会者から「セックスワークをよしとするか否かは、フェミニズム・ジェンダー研究の世界でも意見が分かれるところです」という話があった。結論は急がないが、ひとつ言えるのは、今現在、セックスワーカーは日本に数十万人いると言われている。彼女たちを抜きにしてものごとは語れないだろう。
望まないセックスワークをしなくてもいいよう、支援の力も必要だし、スキルを活かしたセカンドキャリアの提供も必要だ。そして今現在働いているワーカーがいる限り、その支援も必須なのだ。
「相談員への研修も必要です。セックスワーカーが相談をしてきたとき『そんな仕事は早く辞めなさい』『コンドームは必ずつけなさい』とお説教をしたら、せっかく相談をしてきた人でも、もう二度と連絡してきません。ワーカーたちに寄り添う姿勢が必要なのです」
締め出すだけでは解決にはならない。まずは受け入れ、そして問題解決に取り組む姿勢が必要なのだろう。
要友紀子かなめ・ゆきこ SWASHメンバー
1976年生まれ。セックスワーカーとして働く人たちが安全・健康に働けることを目指して活動するグループSWASH(Sex Work And Sexual Health)メンバーとして、1999年から活動。共著に『風俗嬢意識調査~126人の職業意識~』『売る売らないはワタシが決める』『性を再考する』『セックスワーク・スタディーズ(仮)』(2018年出版予定)など。http://swashweb.sakura.ne.jp/
◆取材講座:「性風俗で働く人々と “女性自立支援”」(立教大学ジェンダーフォーラム)
文・写真/和久井香菜子