デキる女は還暦越えて大学院に。昼は学院長、夜は学生

62才で大学院に通っていると聞けば、引退して大学で学んでいるのかなと思うかもしれない。ところが、桜美林大学大学院老年学研究科の修士課程2年の大学院生、山内正恵さん(62才)は、鎌倉で薬膳専門スクールを経営するバリバリのキャリアウーマンだ。昼は学院長、夜は学生を続ける山内さんはじつは、ほんの20年前まで専業主婦だった。

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今日もこれから大学院で授業だという山内正恵さん

62才で大学院に通っていると聞けば、引退して大学で学んでいるのかなと思うかもしれない。ところが、桜美林大学大学院老年学研究科の修士課程2年の大学院生、山内正恵さん(62才)は、鎌倉で薬膳専門スクールを経営するバリバリのキャリアウーマンだ。昼は学院長、夜は学生を続ける山内さんはじつは、ほんの20年前まで専業主婦だった。

毎朝5時起き、作る弁当は4つ

山内正恵さん、62才。昨年9月、日本で唯一、老年学研究科を持つ桜美林大学大学院修士課程に入学した。じつは山内さんには、社会人大学院生という顔以外に、鎌倉薬膳アカデミーという薬膳専門スクールの学院長という顔を持つ。

山内さんの朝は早い。朝5時には起床し、弁当を2個×2人分、計4個作る。夫と自分の昼・夜の弁当だ。

「健康の基本は食、という思いがありますので、外食ではなく手作りにこだわりたいと思っています。でも、さすがに準備に手が回らなくて、『中華弁当』と名付けたお弁当を作ることがあります。中国のお弁当って、ご飯の上におかずが1種類どーんとのっているものが多いんですよ。そう、おかず1種類だから『中華弁当』。不満一つ言わずに会社に持ってってくれてる夫に感謝です」

アカデミーは9時から仕事開始のため、8時半までには出社する。日中は、学院長としての仕事をこなすほか、授業も受け持つ。昼に1つ目の弁当を食べ、仕事をしているうちに日が傾き始める。山内さんの生活が急ピッチで回り始める時間帯だ。

16時過ぎにアカデミーを後にし、横須賀線に飛び乗る。行く先は千駄ヶ谷駅から歩いて5分ほどの場所にある桜美林大学大学院だ。到着後2つ目の弁当を急いで食べる。

授業は18時20分に始まる。朝は学院長として教え、夜は大学院生として学ぶ。片方は薬膳、片方は老年学である。

授業が終わるのは21時20分過ぎ。再び電車に乗って住まいのある大船駅に着くのは23時過ぎだ。駅には夫が車で迎えに来ていてくれる。就寝するのはどうしても真夜中を回る。

高齢化率の高い鎌倉で、高齢者の健康増進に役立つ薬膳を

山内さんはなぜ、こんなに忙しい思いをしてまで、大学院に入って老年学を勉強しようと思ったのだろうか。

「私が薬膳に興味を持ったのは、父が若くしてがんで死んだことにショックを受けたことが始まりです。こんなに若くて元気でも病に倒れてしまうんだ、健康を食から改善したい、23年前にそういう思いで料理をイチから勉強して、11年前、この鎌倉の地に“和の薬膳®”を広めるスクールを開きました。

それから今まで、鎌倉の皆さんに支えられてやってきました。地元には本当に感謝しています。そうした地元に何か恩返ししたいとずっと思っていました。

鎌倉市は65才以上の人口が30%を越えている自治体です。これからは90才100才まで生きる時代ですよね。実際、60才の体力などは向上してきています。そうした時代に合わせて、高齢者の健康増進に役立つ薬膳を提案していきたい。そのためには、高齢者のメンタル面や社会学的側面などをもっと学ばなければいけないと思ったのです。

あと4年ほどしたら学院長を後進に譲り、大学院で学んだ知識を生かして高齢者向けの薬膳を開発しようと思っています。そのためにも今は、学ぶことですね」

40代で1年間大坂の辻調理師専門学校に単身赴任

「意志あれば道あり」

そう山内さんは言う。山内さんの人生はまさにそのとおりだったからだ。

実は山内さんは40才になるまで専業主婦だった。その頃には、子どもたちも大きくなって手がかからなくなっていた。そしてふと思ったのだという。このままに家にいるだけのおばあさんになってしまうのだろうか、と。

何かを始めようと手あたり次第に取り組んでいたとき、一番自分に合っていると思ったのが「料理」だったという。

もちろん家庭の主婦として料理の腕には自信があったが、体系的に学んだことはない。そこで、東京・赤坂の柳原料理教室に5年間通った。しかしそれでもまだ学びたりない。そこで山内さんは40代半ばで一大決心をした。1年間、大阪の辻調理師専門学校に通おうと。

夫は当然ながら反対したが、反対しても言うことを聞かないのはわかっていたらしく、しぶしぶ了承したという。山内さんは大阪に1年間、単身赴任して大阪あべの辻調理師専門学校の日本料理専門カレッジでもう一度、基礎から日本料理を学び直した。

自分の子供のような学生に混じって

「1年間家族と離れて、自分の子供のような年齢の学生に混じって料理を学んだことは、人生の糧となったと思っています。それまでの専業主婦として生きてきた世界がどれくらい狭かったことか。

20才以上も年の離れた学生たちと一緒に過ごすなかで、私は『自分が引く』ということを学びました。

専業主婦だった時は家庭の中で私は女王様でした。家事は完璧にやっているという自信もありましたから、夫にも子供にも命令口調。みんなハイハイと言うことを聞いてくれていましたが、それって単に逆らうのが面倒だっただけなんですよね。

よく、男性がが奥さんとごたごたしたくないからとりあえずハイハイと聞いておく、と言いますけど、今はそういった気持ちがよーくわかります。お恥ずかしいことに、40代半ばになって、ようやくそのことに気づきました。辻で学んだのは料理だけではない、社会勉強もさせてもらいました」

高齢者に向けた“和の薬膳®”を開発するために

鎌倉に戻った山内さんは、小さな料理教室を立ち上げる一方、薬膳の学校で薬膳料理を学び始める。医薬食同源を旨とする薬膳にすっかり魅せられた山内さんは、薬膳を中華料理と組み合わせるのではなく、自分が足かけ6年学んできた日本料理と組み合わせて、今までにない新しい薬膳料理を作りたいと思った。

そして考案したのが“和の薬膳®”だ。これだ!と思った山内さんは、大阪から戻り7年後鎌倉に鎌倉薬膳アカデミーを設立した。料理を志してから、23年が経っていた。

そしてその設立から11年、人生の新しいステージに向かうため、今は週に4日、桜美林大学に通う毎日だ。

「ようやく今年、修士2年目に入って、すこし落ち着きました。正直、1年目は体も慣れないし単位を取るのが大変でした。でも2年目に入ってようやく要領がつかめてきたのか、だいぶん楽にはなりました。来年はいよいよ修士論文を仕上げないといけません。学べて幸せだなあという気持ちでいっぱいなんです。

人生の一番の贅沢は「大人の学び」です。大人は条件が整わないと学べません。自分の体力、知力、記憶力、家族のこと、子供の教育、夫の家事能力、親の介護、経済力、そして目的と意志と覚悟。でも、だからこそ、学ぼうと決意したら大人の学ぶ力は強いです。

先日は桜美林大学で老年学会の総会があり、発表をしました。長年、学院長をしていますから、人前で話すのは得意だと自負していました。でも、全然うまくいきませんでした。やっぱりまだ、研究が腹落ちしていない、自分のものになっていないんですね。長年人に教える立場だったのですが、もっと謙虚にならなきゃだめだ、と思いました。

私ももう62才。残された時間はそう短くはないけれども、すごく長いわけでもない。だからこそ、やりたいことはやれるときにやると決めました。

好きなことが学べて、いろいろな職種の人と知り合えて、新しい世界を知ることができて。たしかに1年目はくじけそうになった時もあったけど、こうして修士2年目を迎えられました。今はあと9か月、しっかり学んで修士論文を書き上げ、次のステップに活かしていきたいと思っています」

山内さんが作った薬膳食育かるた。鎌倉市の保育園・幼稚園に無料頒布し大好評だったという。

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取材・文/まなナビ編集室(土肥元子) 写真/山内氏提供 

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