洋服は試着するのに、食品は試食しなくても買う
藝術学舎・東京外苑キャンパスで開かれている「食のデザイン・パッケージデザイン入門」の講座の冒頭、講師の阿部岳(あべ・がく)先生は受講生に尋ねた。
「人は初めて目にする食品を前に、味もわからないのにお金を払います。これって、よく考えてみると不思議だと思いませんか?」
たしかに。洋服や靴は試着してから買う。安いボールペンや筆ペンだって、試し書きしてから買う。なのに食品はパッケージだけで選ぶことが多い。
試飲や試食で選ぶこともあるが、試食がなければ買わない、というわけではない。試食しなくても味をイメージさせる、それが食のパッケージだ。
プルプル、トロトロ、安心、新鮮。
「私たちがふだんデパ地下などで目にする食品の周りには、いろんなモノが漂っています。
〇プルプル・トロトロといった食感。
〇誰が作った、どこで作ったとかの産地。
〇『安全だな、安心だな』という信頼感。
〇お得そうだな、いや値段が高そうだといった価格。
〇手作り感。
〇新鮮さ。
こうしたさまざまな情報が食べ物の周りに付いています。それが伝わって初めて、『買ってみようか』ということになります。それを食べずして伝えるのがパッケージです」
阿部先生は、食品のパッケージ・デザインでこの10年間にグッドデザイン賞を5回受賞。2011年には日本パッケージ・デザイン大賞銅賞を受賞している気鋭のグラフィック・デザイナーだ。
「株式会社ファームステッド」の共同代表として、「デザインを通じて、農業を変える」という意欲的な取組みを行っており、全国各地で開催している「デザイン相談会」を通じて、時には商品開発や販路開拓まで踏み込み、企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)戦略の構築にも関わり、枠にとらわれない「デザインの仕事」に日々、取り組んでいる。
タモリも容器に疑問を
そこで取り出されたのが、1個600円という高級プリン。
ネット発売された当初は手に入れるまで3~4か月待ちは当たり前だった。
一見して目を引くのが、「赤」と「黒」の陶器製容器だ。2008年のグッドデザイン賞を受賞したパッケージで、某テレビ番組で紹介されたも、司会のタモリ氏が「この容器は、ホントに返さなくていいの?」と尋ねたほど。衝撃的な一品である。
受講生からは次々と質問が飛ぶ。
「円形ではなく、楕円の円筒型にしたのはなぜですか」
「赤と黒の色はどんな効果を狙ったのですか」
「陶器を選んだのは、なぜですか」
「プリンの値段じゃない、という声は上がらなかったのですか」
「商品ロゴの文字フォントはどうやって選んでいくのですか」
「デザイナーからの要望はどのくらい反映されているのですか」
「容器が高級すぎる、という議論はなかったのですか」
「提案は何種類くらいしたのですか」・・・
受講生はそれぞれの観点から、沸々と湧き上がる疑問を阿部先生に投げかける。
このフタにしないと意味がない
阿部先生は小気味よいくらい明快に、プレゼンから決定までのストーリーを語っていく。
「素材のバニラビーンズをマダガスカルまで探しに行くほどこだわった商品だと聞いて、価格は500円以上にしたいと考えました」
「“プリン”でネットショップを検索すると、310万件以上出てくるそのほとんどが、ガラス製かプラスチック製の透明容器。プリンの容器は中身が見えるというのが前提だとわかりました。そも、それだと、この商品も310万件の中に埋もれてしまいます」
「この容器はフタが高い。下の円筒容器と同じくらいのコストがかかる。でもこれでないとこの容器にした意味がない。さらに、通販なので、フタと容器を止めるシールは粘着性や素材など何十種類もテストしました」
「いかに“非日常”を創るか。ここがブレてはいけません。そのために、赤と黒という、あえて強い色を選択しました」
「文字フォントには山ほど種類がありますが、パッケージのロゴデザインなどに使える“いいフォント”は限られている、と私は思います」
「この商品では、デザイナーの要望をほぼ採り入れてもらえました。デザイナーも素材や資材などの情報、知識を日々更新していかないといけない時代です」
オシャレにすることではなく“伝える”役割が大事
この商品の成功の陰には、「プリンを食べる」を非日常的体験にしたことがある。でもそれは、それだけの価値のある材料にこだわる作り手の思いがあったから。阿部さんはそれを伝えただけだ、という。
「パッケージ・容器、ラベルといった食のデザインで、もっとも大事なのは“伝える”という役割。食のデザインは、格好よくすることでも、オシャレにすることでもありません。何を伝えたいのか、どう人に伝えるのか、を考えるのが、デザインの役割です」
受講生は、実家が菓子店だという人から、食品売り場の仕入れ担当や、お菓子を作って人にプレゼントするのが好きという主婦までさまざま。共通点は、“食”で誰かとコミュニケートしようとしている人だということ。
日本人は世界でも特異なほど“食”が大好きな民族だ。もしかして、日本人の最大のエンターテインメントって、“食”? そのエンターテインメント性をあますところなく伝えてくれるのが、きっと食品のパッケージなのだ。
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文・写真/金子浩昭