ホームズの映像化は映画草創期から
早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校の講座「シャーロック・ホームズの魅力と謎」は、日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員の中西裕先生が全10回それぞれにテーマを設け、伝説の名探偵ホームズが愛好されてきた歴史にさまざまな角度から切り込むものだ。その最終回「映像に見るホームズ」を取材した。
90分の授業を取材後、200%の満足感でいっぱいになった。映画の世界にホームズが現れた1903年のサイレント映画から、いま日本でシーズン4がまさにNHK BSプレミアムで放映中の『SHERLOCK シャーロック』まで、100年余にわたり映像化されたホームズをたどるのだが、それがみごとに映画史に重なるのだ。
アーサー・コナン・ドイルが初のホームズ物『緋色の研究』を発表したのが1887年、リュミエール兄弟がパリで動画を有料公開したのが1895年、最古のホームズ映画『シャーロック・ホームズ裏をかかれる』(サイレント)が1903年、ニューヨークでトーキー映画が初めて一般上映されたのが1923年、ドイルが最後のホームズ物「ショスコム荘」を発表したのが1927年、そしてトーキーのホームズ映画『シャーロック・ホームズ』が1929年。
ホームズは映画とともにあり、映画もホームズとともに成長した。ホームズは映画草創期から映像界の偉大なアイコン(偶像)だった。
犯人が消えたり現れたり
では講座の内容を振り返りながら紹介しよう。講座では「主な作品だけ」といいながら、約50本もの作品(もしくはシリーズ)が紹介された。NHKで長い間放映された英グラナダTV制作、ジェレミー・ブレット主演の『シャーロック・ホームズの冒険』(1984-1994)に至るまでだけで30作品が紹介されたといえば、その厚みがわかっていただけるだろうか。本記事ではその中からとくに印象に残ったものを取り上げたい。
ホームズ映画の最も古いものは、先ほど挙げた『シャーロック・ホームズ裏をかかれる』(米、1903年)。もちろんサイレントである。
1895年に有料公開された「映画」という新しい技術は、最初は短いドキュメンタリーから始まった。人々はすぐに、映像技術を使うと面白いものが撮れることに気づいたのだという。つまり、映像とはトリックだということだ。
この『シャーロック・ホームズ裏をかかれる』でも、いきなり犯人が消えたり現れたり。まるで新しいおもちゃを手にした子供のように、製作者がわくわくしながら作っているのが伝わってくる。とくに素材が推理小説というまさにトリックを扱ったものだから、ピッタリだったろう。
1912年、仏英合作のホームズシリーズ8作が作られた。そのうち『マスグレイヴ家の儀式』『ぶな屋敷』が紹介された。ホームズ役はジョルジュ・トレヴィーユ。まるで大学教授や銀行家のような実直そうなホームズで、サイレントの特徴として、演技もはっきりわかるように派手めになっている。
続いて、ウィリアム・ジレット主演の『シャーロック・ホームズ』(1916)。ジレットは、『トム・ソーヤ―の冒険』を書いたアメリカの作家マーク・トウェインの口利きでデビューした俳優。パイプをふかしながら歩き回り、長広舌をふるうという、原作さながらのホームズを演じた。この時ジレット63才、やや老成したホームズだ。彼が被ったのが鹿撃ち帽(ディアストーカー)。以後、このイメージが独り歩きすることになる。音声が入っているが、これは後年、ジレットが83才の時に入れたもの。なお、この映画は2014年に、約100年ぶりに発見されたことでも話題となった。
ホームズらしい風貌のエイル・ノーウッドがホームズを演じたのが、1921年の『シャーロック・ホルムス』シリーズ。面長で、両こめかみが禿げ、パイプをくわえた風情はいかにもホームズ。しかも変装にも優れていたらしい。原作者コナン・ドイルも、彼の演技をほめたたえていたという。
面長な顔立ち、変装上手という特徴は、1922年のジョン・バリモア主演『シャーロック・ホームズ』にも受け継がれた。バイオリンを抱えているシーンもあるが弾いてはいない。この中で描かれるモリアーティは、背が高く猫背でざんばら髪、怪人のような風貌、長い指の動かし方が妙に優雅でそれが逆に恐ろしさを醸し出す。最後には、ホームズがこのモリアーティに変装した場面も出てきて、変装を解くシーンは現代の特殊メイクのようだ。
このように、「ホームズ」という一つのテーマを通してサイレント映画を見ていくと、演技がよりリアルになってきていることがよくわかる。そして時代はトーキーに移る。