26歳で日本語を学んだ講師の「大人の語学習得術」

TVドラマ『星から来たあなた』の台詞で学ぶ韓国語(中級~上級)(その2)@上智大学公開講座

大ヒット韓国ドラマ『星から来たあなた』を講座の教材として使っている上智大学非常勤講師の李善姫(い そに)先生。その指導法はなかなかユニークだ

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李善姫先生の韓国語講座風景

大ヒット韓国ドラマ『星から来たあなた』を講座の教材として使っている上智大学非常勤講師の李善姫(い そに)先生。その指導法はなかなかユニークだ

大好きなドラマの大好きなセリフを

日本人は語学の勉強が大好き。しかし、受験勉強の名残か、文法中心に学ぶクセがなかなか抜けない、会話は苦手、という人が多い。また、私もそうなのだが、人前でしゃべる訓練ができていないせいか、講義で当てられても恥ずかしくて大声で受け答えできない、文法はかなり学んだはずなのに、いざ話をしようとしても話せない。最初の一声が出ないのだ。

上智大学の李先生の講座「『星から来たあなた』の台詞で学ぶ韓国語」では、そんな人のためにユニークな指導法をとっている。ドラマ好きの人が集まるだけに、大好きなドラマのセリフを音読することで、韓国語を話す機会がたくさん設けられているのだ。さらに面白いのは、各自が書いたエッセイを発表し合うコーナーだ。

2人の受講生が韓国語でエッセイを発表

この講座では、講義の冒頭、2人の受講生が韓国語で書いたエッセイを発表する。さすが中級~上級クラスだけあり、皆さん、韓国旅行で出会った人の話や、俳優についての話をスラスラ話す。喋りっぱなし聞きっぱなしではない。発表のあとで受講生には韓国語と日本語が書かれた発表のテキストが配られ、それを見ながら先生が解説をしていく。つまりクラスメートの発表そのものが教材となるわけだ。社会人同士だから、クラスメートが選ぶ題材や内容はわかりやすく、お互いによい刺激となる。

「宿題のエッセイを韓国語で書いて先生に送って、先生が添削して送り返してくれました。そして、先生に読んでもらって録音し、毎日聞きながら練習をしたんです」
と、この日発表した受講生は語る。

昨年までは日本人作家のエッセイをみんなで韓国語に訳すというものだったが、今年は各自が話したいことを書いて、みんなの前で順番に発表する形へと変えた。このほうが身近な言葉を覚えられ、発音の練習もできるという。

李先生も日本語のアクセントと長音で苦労

李先生は来日したのは26才の時。当時はほとんど日本語が話せなかったという。日本語学校で学ぶうちに、日本語の美しさに惹かれて本格的に学びたくなり、東京外国語大学の日本語学科を一般入試で受験して入学。日本語の文法を専門に勉強し、博士号を取得した。

言語学者の野間秀樹先生(現・明治学院大学客員教授)のゼミに入ったことで、韓国語教育や韓国語に興味を持ち、韓国語教育の道に進んだ。

「日本語の文法がわかるようになり、日本語について深く知れば知るほど母語のことを考えるようになったんです。野間先生に、“語基(ごき=用語の辞書形から語尾を取り除いた部分である語幹の3つの活用形)” の概念や、正確に発音することの大切さを教わったことが、韓国語を日本語が母語の人に教えるのに、とても役立ちました」(李先生 以下「」内同)

難物だったのが日本語のアクセントだ。韓国語と日本語は文法や発音がよく似ていると言われるが、李先生が一番苦労したのは、言葉の語尾を下げない平板式のアクセントと長音だったという。

「韓国語母語話者には、特にソウル方言母語話者の私には日本語のアクセントはとても難しいものです。その中でも平板型のアクセントは本当に難しく、意識しないと語尾が下がってしまうんです。また“カレー”のような長音も厄介なものです」

「日本人が韓国語を学ぶ際、韓国語の “ん” の発音が難しいとよく言われますが、日本人が気が付かないだけで日本語でも使い分けていますよ。たとえば、神田(かんだ)、乾杯(かんぱい)、考え(かんがえ)。

それぞれの “ん” の発音は、“神田” が舌を上あごにつける [n]、“乾杯” は上下のくちびるを閉じる [m]、“考え” はくちびるを閉じない [ŋ] というように、違います。ふだん意識していないだけなのです。

こう説明すると、そうだったのか!と納得してくれますね。私自身、このちょっとした発音やアクセントの違いを理解するのに苦労したので、いま韓国語の学習に苦労している学生さんの気持ちがよくわかるんです」

3年間、自分の講義を録音して聞き直した

文字は読めるけど話せないという人も多い。そういう人に先生が勧めるのが「声に出して読む」こと。

「日本人は声に出して読むのが弱いんです。上級クラスの学生でも、読んでというと、すらすらと読めない人が多い。それは、声に出して韓国語を読んでいないから。自分で読んで、自分の発する韓国語を自分の耳で聞くことが大切です」

発音をチェックすることの大切さに気づかせてくれたのも、前出の野間先生だった。

「ある日の講義で、野間先生がものすごくイントネーションのおかしな韓国語を話したんです。そしておっしゃいました。
『君たち、聞いていて気持ちが悪いでしょう? 君たちの日本語は、今のぼくが話した韓国語と同じだよ。君たちに習う学生の身にもなってみてください』。
それ以来、私は自分の講義をテープに録音して聞いては、微妙な発音の違いを正すことを3年間繰り返しました。自分の声を聞くのはとても苦痛でしたよ。でもそれを続けるうちに、ずいぶんと改善されたと思います。きれいな発音かどうかで、相手に与える印象が全然違います」

映画を1本決めて韓国語の字幕を確認

先生は今でも時折、自分の発音を聞き直しては、正しくできているか確認しているという。李先生に、大人になってから外国語を勉強し始めた人におススメの勉強法を訊ねると、好きな映画やドラマを1つ決めて、セリフを聞き、学ぼうとする言語の字幕で意味を確認し、自分でも声に出すことが、話せるようになる近道だと言う。

「すべてを完璧に理解する必要はありません。10のうち6か7わかれば、あとの言葉が聞き取れなくても気にせず、次に進むこと。わからないことにコンプレックスを感じないで。何回か繰り返しているうちにわかるようになります。完璧にしようと思うとイヤになってしまいますよ。まずはお気に入りのセリフをいくつか覚えて言ってみる。意味がわかるようになったら実際のセリフに合わせてセリフをつぶやく、いわゆるシャドーイングをするといいですよ」

李先生は、受講生の語彙力はかなりのレベルで、「こんな語彙まで知ってるんだ!」と、驚くことも多いという。

「皆さん、真剣に学ばれているので、そんな姿を見ると、うれしくなっちゃうんです。26才で日本語の勉強を始めた私がちゃんとした日本語を話せるようになれば、大人になってから韓国語の勉強を始めた人に勇気を持ってもらえると思うので、私も日本語の発音練習は一生の宿題だと思っています」

自分を見て、大人になってから始めてもあんなふうに話せるんだって思ってもらいたい、と語る李先生。こんな先生に学べる受講生はとても幸せだと思う。

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◆取材講座:「韓国語‐TVドラマ『星から来たあなた』の台詞で学ぶ韓国語(中級~上級)」@上智大学公開講座

文・写真/松原正美

-教養その他, 英語・語学
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