30年で80才の歯の本数は10本増えた。しかし……
昭和大学歯科病院で開催された公開講座「暮らしと健康~お口の健康~」で、昭和大学歯学部教授・山本松男先生は受講生に尋ねた。
「永久歯の本数をご存じですか?」
みな、自分の歯を指で触りながら数え始める。
「通常、左右対称7本ずつ生えてきます。だから上下で28本。親知らずが全部生えると32本になります。ただ、なかには1本や2本、生えない人がいます。この自分の歯を80代になっても最低20本は残そうというのが“8020運動”です。
昭和62年(1987)の時には、80才の人の平均は4.7本だったんです。それが年を追うごとに歯を大切にしようという意識が浸透していって、平成28年(2016)には15.2本まで来ました。30年の間に10本増えたんですよ。これは大変すばらしいことです。ただ喜んでばかりはいられません」
歯がたくさんある人と、歯が少ない人に分かれつつある
80才の平均が15.2本と聞くと、多くの80才が10本から20本の歯を持っているのかなと思ってしまう。しかし実態としてはそうではないらしい。
「この数字はあくまでも平均値で、じつは、歯をたくさん持っている人はそれこそ20本以上持っている。しかし持っていない人は数本しか持っていない。このように二層に分かれる傾向があるのではないかと言われています」(山本先生)
これには日本人の歯に対する意識も影響しているという。欧米と比べて歯を健康に保つ意識が低いと言われる日本では、痛くなるまで歯科に行かなかったりする。定期的に歯石除去などのメンテナンスを受けている人も比較的少ない。しかし、歯への意識が高い人は歯の健康に気を遣っている。その意識の差が歯の健康格差となって表れているらしい。
山本先生は、何とかこの意識を底上げして、平均値で20本ではなく、多くの80代が20本持っているように変えていきたいという。なぜなら、歯をたくさん持っている人ほど、栄養状態もよく健康であるということがわかってきているからだ。
奥歯のない人、入れ歯の人は食べにくいものを避ける
山本先生は、2015年8月に読売新聞で報道された、大阪大学の前田芳信教授、池邉一典准教授らの研究グループによる研究を紹介した。奥歯を全部失った高齢者を調べたところ、奥歯が揃っている高齢者に比べて動脈硬化になるリスクが2倍に高まるというもので、その理由として挙げられたのが、奥歯のない人は繊維質が多い野菜や貝類、魚の干物といった、食べにくいものやかたいものを避ける傾向にあるのではないかということだった。
また、別の調査では、健康な70代の女性で、20本以上歯のある20人と、入れ歯を入れている20人を比較したところ、入れ歯を入れている人のほうが肥満傾向が強いという結果が出たという。
また、総入れ歯の人はそうでない人に比べて、肥満・脂質異常症・糖尿病・高血圧などになりやすく、脳こうそくや心筋梗塞を発症したとき、より重症になりやすい傾向にあるということが、疫学調査からわかってきた。
入れ歯の咀嚼能力は、自前の歯の半分
「総入れ歯はどんな名人が作っても自分の歯に比べて、食べ物を噛みつぶす咀嚼(そしゃく)能力は半分しかないのです。歯の治療を完了していない人は、知らず知らずのうちに食べにくいものを避けるようになってしまいます。緑黄色野菜には抗酸化物質や食物繊維が含まれていますし、魚介類にはDHA・EPAなどが含まれています。そうしたものを食べにくいものとして避ける傾向があると、栄養的な偏りが生まれ、それがボディブローが効いてくるように健康に影響を与えているのではないかといわれています」
実際、70才1000人を対象とした「食品・栄養素の摂取調査」で、歯の咬合状態が「良好な人」「良くない人」「歯を失った人」で比べたところ、緑黄色野菜、魚介類、ビタミンA、ビタミンC、食物繊維、EPA・DHAの摂取量は、「良好な人」に比べ「良くない人」「歯を失った人」はすべてその摂取量が少なく、とくに「歯を失った人」ではかなり落ちていたという。
もちろん、今の日本で栄養失調になる人は少ないので、歯のあるなしが、すぐに何か大きな病気に結びつくわけではないという。しかし、栄養的に隔たる傾向があると、ひとたび大きな病気になったときに、より重症化する傾向にあるという。
山本先生は、「高齢だからとあきらめないで、歯磨きの仕方をしっかりと身につけて、いつまでも自分の歯で噛めるようにしてほしい」と言う。
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◆取材講座:「暮らしと健康~お口の健康~」(昭和大学歯科病院)
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取材・文/まなナビ編集室 医療・健康問題取材チーム 写真/(c)Monet / fotolia