ドラマへの憧れから全軍人がベレー帽に
「2016年の大ヒット作であるドラマ『太陽の末裔』では、特殊部隊の兵士である主人公が、ベレー帽をかぶり、サングラスをした制服姿の格好よさに女性たちは熱狂しました。女性だけじゃなく、まだ軍隊に行ってない男性たちも特殊部隊について憧れを持つようになったんです。その影響もあるのか、実際、軍人の中でも特に厳しい海兵隊に志願する若者が前年よりも増えたといわれています。以前は、ベレー帽をかぶるのは特殊部隊だけで、特殊部隊の象徴だったのですが、今では、全軍人がベレー帽になりました」というのは、明治大学リバティアカデミー講師・兪 仁淑先生だ。2002年、韓国の西海の延坪島（ヨンピョンド）付近で起きた南北間での海戦の後、一次的に志願兵が増えたとはいえ、韓国の兵役制度は難しくなってきているともいわれる。その理由を見ていこう。
1、兵役期間は36か月から21か月に短縮
現在、世界中で兵役義務のある主な国は、韓国とスイス、イスラエル、北朝鮮などがあげられるが、「韓国の兵役期間は、だんだん短くなっている」と兪先生は語る。
そもそも韓国では憲法で、納税、勤労、教育、国防を国民の4大義務と定めており、満19才以上の男子は、29才までの間に兵役につく義務があるとされているのだ。
「以前は36か月だった兵役期間は、現在、21か月になっています。途中、休暇もとるので、実質の服務期間は2年くらいですね。減った理由はいろいろありますが、3つほど紹介しましょう。
1つ目は、一般的な韓国人の男性は、大学を休学して軍隊に行き、復学したり、留学する人も多いのですが、除隊して留学すると、27才くらいになるので、他国の人と年齢差が出てしまう。それは問題だという意見が出ています。
2つ目は、兵役中に事故死する若者が多いということです。あまり公表はされていませんが、自分のミスで亡くなる人が多いので、それは国の責任ではないということで、補償もあまり良くありません。軍人の死に対する国の扱いが酷いという理由で、兵役に行かせたくないという親も増えています。
3つ目は、若者の忍耐力が弱くなっているということです。兵役中は思うようにゲームやスマホ、インターネットができないのですが我慢できないといって、事件や事故を起こす若者が増えて、問題になっています。
それに比べて、北朝鮮の軍の服務期間は、世界最長の男性が10年間、女性は志願者に限られますが、7年といわれています。
韓国も36か月（約3年）を課していた時は、国が貧しい時で、軍に行けば3食、食べられますし、家では1人分の食いぶちが減るので、兵役に行くこと自体が有り難いという時代でした。ですが、今の韓国は裕福になり、そういう時代ではありません。北朝鮮はまだまだ食糧不足で飢え死にしている人も多いので、軍隊に行けば1日3食、食べられて家族の口べらしになるという。そういう背景があるのかもしれません」（兪先生・以下同）
2、新兵の1か月の給料は？
「階級により、給料は違いますが、新兵の1か月の給料は1万5千円程度です。昔はそれを3年間貯めて、除隊するときに母親に渡す、孝行息子も多かったのですが、今は、軍の食事はあまりおいしくないからといって、食べないで、売店などでラーメンやパンを買って食べる若者が多く、1万5千円では足りないと言われて、小遣いを送る親も多いんです。だから、“軍隊行ってもラクにならない！”と、嘆く親も増えています」
3、兵役生活は？
「軍隊では生活館で暮らします。1つの部屋に20人くらいが一緒に生活しているので、人間の最低スペースが確保されていないため、ストレスを抱えている人も多いのです。いじめなどのトラブルも後を絶たないようです…。
その点、アメリカの部隊は個室で給料もいいので、以前、韓国に駐屯している米軍に志願する若者が増えた時期もありました。ただ、英語が堪能でないと受けられないので、米軍に行くため英語の塾まで通ったんです」
4、新兵訓練期間は5週間。
「よく、アイドルが入隊日に坊主頭にして挨拶をして話題になりますが、入隊すると、全員新兵訓練所に行きます。入ったその日から訓練が始まるのですが、まず、私服は下着まですべて脱いで軍の規定の服に着替えます。脱いだ服やスマホなどのすべての私物は箱に入れます。そして、親に向けて1通、手紙を書かされます。その手紙は1週間後に家族に届けられるのですが、今まで親に手紙を書いたことなんかない若者からの手紙を見て、感動しない親はいません。皆、涙しながら読むんです。5週間の間は、面会も休暇もありませんでしたから、最終日には家族が総出で食べ物を用意して、迎えに行き、感動の再会をしていました。
でも今は、1日1通のメール受信と、家族に安否報告ができるように、週末には“孝（孝行）電話”の時間が設けられています。軍人が多いので、1列に並んで電話をかけるのですが、コレクトコールで3分間と決まっていて、時間がくると教官が知らせます。彼女がいる人は彼女にかけるのですが、ここで振られたかどうかがわかるんです。コレクトコールだから受信拒否されたら“あ、フラれた・・・”と（笑い）。そうなるとしかたなく、親に電話をかけるわけです。
そして、5週間の基礎訓練が終わると、部隊に配属され、100日が過ぎると4泊5日の休暇がもらえます。自由な生活から軍の規律正しい生活になるため、以前は、軍隊に行くと、“大人になった”といわれましたが、最近は休暇も頻繁にあり、除隊して1週間も経つと、また元に戻ってしまう人も多いため“軍に行っても変わらない・・・”という親も多いですね」
『北の家族』の看板を見て、危ない！と
私が高校生だった1979年当時は、経済的に韓国も貧しくて、お米が足りなくてお弁当の検査まであり、白米を持っていくと先生に殴られたんです。だから、検査の前には友達から麦飯を分けてもらって、白米に混ぜたりしてね。（笑）
また、政治的にも敵が必要だったのだと思います。まさに、それは北朝鮮でしたね。北朝鮮の絵を描けといわれて、鬼の顔を描くと賞をもらえたんです。北朝鮮の人は人間じゃないと教えられていて。
大学時代、日本に旅行に行くのに、反共教育を1日受けないとビザがもらえませんでした。1日講義を聞いて、「韓国語で話しかけてくる人は、北朝鮮の人だから拉致される心配があるから、話してはいけない」とか、「1人で行動してはいけない」とか言われて、「そんなハズない」と思っていても、いざ、日本に来て韓国語で話しかけられると、恐ろしくなったり。街で『北の家族』という看板を見て、“まずい！ 危ない”と思ったり（笑）。洗脳されていたわけです。
たしかに、北朝鮮との戦争はすぐ始まるとは考えられません。皆、「北朝鮮の指導者はおかしいけれど、まさか戦争なんて起きないだろう」と心の中で思っているんです。でも、いつ何が起きるかは誰にもわからない。ですから、このままでよいのか・・・悩ましいところですね」
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ユ インスク 明治大学リバティアカデミー講師。東海大学非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。韓国の高麗大学校日文学科卒。中央大学文学研究科国文学専門博士課程修了後、2007年、博士学位 取得。専門は日本古典文学。
◆取材講座：「韓国文化の散策「韓国ドラマや映画を通して、韓国の諸文化に対して探ってみる」」（明治大学）
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