徹底した写生で日本絵画史を刷新した応挙
円山応挙は江戸時代中期、享保18年(1733)に今の京都府亀岡市の農家に生まれた。若くして奉公に出た高級玩具商の尾張屋で、絵の基礎を身につけた応挙は、30代でパトロンを得るほどの絵師に成長したという。
応挙が登場する前は、山水画も花鳥画も、お手本にならって描くものだった。しかし応挙は対象を徹底的に観察して描いた。応挙の写生画はとてもわかりやすく、貴人から町民まで広く支持された。国宝『雪松図屏風』も豪商・三井家の注文で描かれたものだといわれている。その迫真に満ちた表現は、リアルを超えたと評されるほどである。
描かれていない新雪がリアルに見えるのはなぜ
国宝『雪松図屏風』に描かれているのは、右隻に力強い老松が1本、左隻にまだ枝や幹が細い若木の松が2本、それぞれ雪を抱いて立っている。背景にはかれた金泥(きんでい)と、画面の下方にまかれた金砂子(きんすなご)が、雪のまばゆいほどのきらめきを表し、見ているだけで新雪の朝の清冽な空気に包まれるような思いさえしてくる。
松の幹や枝のどこにも輪郭線はない。応挙は迫真的に描くためにあえて輪郭線に頼らない技法で描いたという。また、枝の立体感を出すために、片側の墨の濃度を徐々にぼかす技法を用いている。
驚くのは、幹や枝をふんわりと覆っているこの雪が「描かれていない」ということだ。これは紙の白地を生かした「塗り残し」なのである。雪は描かれていないのにもかかわらず、その雪はおそらく積もったばかりの新雪で、まだふんわりと軽く、日が高く昇れば溶けていくに違いない……といった物語までイメージさせるほどのリアルさを持っている。
京博で見るか、三井で見るか。一足早い雪景色をぜひ、その目で見てはいかがだろか。
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文/まなナビ編集室 写真協力/小学館