関東ローム層がトトロに繋がる 大人が学び直す意義

【Interview】秋本弘章先生(獨協大学エクステンションセンター長)

多くの社会人が大学で学ぶ時代となった。歳を重ねてからの学びと、学生時代の学びとは、どう違うのだろか。そこで、社会人向け講座で長い歴史を誇り、多数の講座を開講している獨協大学エクステンションセンター長の秋本弘章先生(同大経済学部教授)に、社会人の学びの本質について、話を聞いた。

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獨協大学エクステンションセンター長の秋本弘章先生

多くの社会人が大学で学ぶ時代となった。歳を重ねてからの学びと、学生時代の学びとは、どう違うのだろか。そこで、社会人向け講座で長い歴史を誇り、多数の講座を開講している獨協大学エクステンションセンター長の秋本弘章先生(同大経済学部教授)に、社会人の学びの本質について、話を聞いた。

ドイツで大学が市民に開かれているのを見て

埼玉県草加市にある獨協大学。創設者はドイツの哲学者カントの研究で知られる高名な哲学者、天野貞祐(あまのていゆう、1884-1980年)先生だ。その前身は、1881年(明治14年)設立の獨逸学協会を母体とする、獨逸学協会学校(旧制獨協中学校)にまで遡るだけに、ドイツ語をはじめとした外国語教育には定評がある。

天野先生は第3次吉田茂内閣の文部大臣も務め、教育にはひとかたならぬ情熱を持っていた。社会人向け講座も1970年、天野先生のもとで始まったという。

「天野先生がドイツ留学を経験した際、同地の大学が市民に開かれているのを見て感動し、『わが校もドイツの教養主義精神を見習って、地域に講座を開放していこう』と提唱し、本学で社会人向けの講座が始まりました」(秋本先生、以下「」内同)

英語だけで20講座以上

1970年スタートというのは、関東では最古参の一つだ。2003年からは新たな構想の下にカリキュラムの充実を図り、新設されたエクステンションセンターのもとに毎年多くの講座が開設されている。

圧倒的に多いのが語学講座で、伝統のドイツ語はもちろん、とくに力を入れているのが英語で、初級から上級まで細かく設定された英会話講座に始まり、「通訳」「翻訳」「ビジネスイングリッシュ」など20講座以上が開講されている。ほかにもフランス語、スペイン語、イタリア語、中国語、韓国語、タイ語など、多彩な語学講座が準備されている。その他、教養講座も充実している。

若い時は感動しなかった仏像のすばらしさがわかる

秋本先生は語る。

「若い時の実用的で必要にかられた学びとは違って、精神的な充実を学びに求めて来る方が多いのです。若い時は修学旅行で奈良や京都に行っても感動しなかったが、この年になると、仏像のすばらしさがわかる、とおっしゃる方もいます。《勉強はいくつになって始めても遅くはない》という言葉は、つくづく真実だと思います」

秋本先生自身も、学生に講義するかたわら、オープンカレッジで社会人向けの講座も持っている。その経験から、学生の学びと、社会人の学びは決定的に違う、という。

「学生と社会人の決定的な違いは、経験的知識の量です。学生は圧倒的に人生経験が少ないし、そもそも物を知らないのです。そのため、学生に教える時に留意するのは、『彼らが知らないことをどう伝えるか』ということです。

しかし、社会人の方でしかもオープンカレッジで学ぼうとされる方は、十分な社会経験を積み、意欲も高い。そうした方に向けて僕たちができるのは、『今持っている知識をどうつなぎ合わせるか』ということを伝えることです」

『トトロ』で主人公が住んでいる庭の土の色は赤

秋本先生によれば、社会人のように、さまざまな経験的知識を持っていればいるほど、学問が楽しく感じられるという。積み重ねた人生経験は、学ぶうえで重要な武器のひとつになるのだ。ただし、その経験的知識は体系だったものではない。そこで、これまでバラバラだった知識を、学問として体系的につなぎ合わせることで、より深い理解が生まれるのだという。秋本先生はその例として、『となりのトトロ』を挙げる。

「たとえば、『となりのトトロ』というアニメがありますが、主人公のメイとサツキが住んでいる家の庭の土をはじめ、あの作品に登場する土の色はだいたい赤なんですよ。それは、『トトロ』の舞台だと言われる埼玉県所沢市周辺は、関東ローム層と呼ばれる赤い火山灰土でできているから。こういうことを知ると、何気なく見ていたアニメにもいろいろと過去の自分の知識が結びついていることがわかりますよね」

そうだったのか! 「関東ローム層」なんて言葉、高校を卒業してからウン十年ぶりに耳にした。この知識が役に立つことがあるんだろうかと思っていたが、まさかそれが宮崎駿の世界に結びつくとは……。なるほどこれが、社会人の持っている断片的な経験的知識 を体系的につなぐ、ということなのか。

「学びたい」と思ったときが学び時

「人生経験を積んだ社会人が持つその経験的知識は、単なる文字だけの知識とは全く違うものです。それを持った上で学ぶとふだん何気なく自分が接していた日常の隠れた意味に気付くことができる。これは、まだ人生経験の浅い学生時代には、なかなか経験できないものなんです」

さらに秋本先生は、忘れられない言葉を教えてくれた。それは、「学びたい時が学び時」ということだ。

「よく『もうどうせ若くないし』『勉強したって意味がないし』という方がいらっしゃいますが、そういう方ほど、本当は学びたいものを持っていることが多いのです。だけどちょっと勇気が足りなくて、自分に言い訳をしているんですね。でも、その思いを封じるのは、とてももったいないことです。私自身が長年、いろいろな方々を教えてきて思うのが、人間は『学びたい』と思ったときこそが、学び時だということです」

学生時代には価値を感じられなかったことも、社会経験を経ると面白いと思えてくる。興味なかったことにも関心が向いてくる。その時こそが、一番知識を貪欲に吸収できる時期なのだという。

「学びたい意欲がないときに学ぼうとしても、結局は知識は定着しません。学ぶタイミングは年齢ではなく、意欲が大事。学びたい時が学び時なんです。そのチャンスを逃がさないでください」

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〔今日の名言〕
「学びたいと思ったときが、一番吸収できるとき」
〔大学のココイチ〕
獨協大学の正門近くには、初代学長天野貞祐先生の言葉が刻まれた碑がおかれている。

文・写真/藤村はるな

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