粉ミルク? いえ、肥料です
一見すると、粉ミルクにも思えるこの「MILKY POWER(ミルキーパワー)」、じつは肥料なのだ。この肥料らしからぬパッケージをデザインしたのは、グラフィック・デザイナーの阿部岳(あべ・がく)氏。肥料「MILKY POWER」のパッケージデザインは2014年グッドデザイン賞に輝いた。
阿部氏は北海道帯広市出身。子どもの頃から果てしなく農作地が広がる風景を見て育ってきたという。2013年、同じ帯広市出身で、ブランドプロデューサーである長岡淳一氏と「株式会社ファームステッド」を設立。「農業をデザインで変える」というテーマに取組み、主に地方の農家や農業法人が生産した商品のパッケージ・デザインづくりやロゴマークづくりなどのブランディングを仕掛け、大きな成果を上げている。
農畜産業はデザインが立ちおくれている
「MILKY POWERは動物の糞尿を用いず、乳製品を製造するプロセスで発生した副産物を発酵させてできた有機肥料です。“北海道生まれ発酵ミルク肥料”というコピーにその特色が集約されています。僕たちが農業と農産物を大きなテーマに据えているのは、北海道の大自然の恵みの大切さをみんなに伝えたいから。しかし農畜産業の領域では、まだまだデザインが活用しきれていないんです。デザインの持つ“伝える力”と“伝える仕組み”が加われば、農家に“旗印”が生まれ、農畜産品に“顔”ができると思っています」
「農業とデザイン」に真摯に立ち向かう尖った姿勢は、多くの産地の人の目にも止まり、活躍の舞台は広がりつつある。北海道だけでなく、東北・関東、九州など全国各地の農産地や地方自治体からの依頼も多く、台湾の紅茶メーカーからの依頼も舞い込んできている。
必ず現場を訪れてこだわりを吸い上げる
町おこし村おこしには「胃袋をつかめ」が日本の常識。日本各地では特産品を使ったジャムやケチャップ、乳製品やお弁当など、さまざまな商品が生み出されている。阿部氏はデザインを練り上げることで、もっとアピールできる商品になるという。
「地方目線の自己主張だけではだめですが、かといって都会目線の流行を追っても長続きしません。ネーミングやパッケージ・デザインを考えるときは、必ず現場を訪れ、作り手の思いやこだわりを丁寧に吸い上げて、一緒に創り上げていく作業を行うようにしています。一番大切なのは、その商品が絶対に他に負けない強みはどこなのか、ということ。案外、作り手はそれをわかっていないことが多いのです。
僕たちデザイナーの仕事は、作り手の意識下にある「これを伝えたい」という思いをくみ取り、その思いを「見える化」して消費者の目に止まるようにし、買った消費者の満足感までをパッケージにこめ、「人に贈りたい」「次も買いたい」というサイクルを作ること。食べなくても伝わるおいしさを伝えることが、食のパッケージ・デザインなんです」
実際のパッケージ容器を手に考える
阿部氏は京都造形芸術大学が主催する社会人向け講座「藝術学舎」で、「食のデザイン・パッケージデザイン入門」(東京外苑キャンパスで開催)講座を担当している。その講座には、食品会社や食に関心をもつ受講生が集まる。
阿部氏は実際のパッケージ・容器を前に、食品のデザインに必要なポリシーや、クライアントとのやりとりの仕方などを伝えていく。受講生は実際に阿部氏がデザインした商品を手に取り、触感と重みを感じ、広げて使い勝手を確かめるという“体感”を通して、学んでいくわけだ。
「次回は、皆さんが目をとめた食品パーケージを実際に持ってきてもらいます」
「こちらからもいくつかの課題を用意しますので、そのひとつを選んで、一人ひとりが実際に手を動かし、自分でデザイン画を描いてきてください」
「そのデザインを基に(提案者として)プレゼンしてみましょう」
と、阿部氏は次々と課題を出していく。
きっとこの中から、私たちをあっと驚かせるような「おいしい」食品パッケージが生まれてくるのだろう。
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◆取材講座:「食のデザイン・パッケージデザイン入門」(藝術学舎〈京都造形芸術大学〉外苑キャンパス)
文・写真/金子浩昭