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視覚認知不良の早期発見は発達障害の早期支援に直結

目で見たものが何であるかを、その色や形から認識する能力を “視覚認知” という。しかし、発達障害の子どもには視覚認知に問題を抱えているケースが多いという。そこで、視覚認知についての基礎的な研究を背景に、視覚認知不良の早期発見を発達障害支援につなげるための応用研究をしているのが神奈川大学の和氣洋美(わけひろみ)名誉教授の「知覚認知心理学から学ぶ発達障害の視覚認知支援」という講座だ。同講座の様子を紹介する。

錯視(視覚の錯覚)が起こらないということが問題か

「発達障害」という言葉が広く知られるようになったのは、ここ十数年のことだ。親の育て方が原因で発達障害になるといった誤ったとらえ方は減ってはきたが、まだまだ発達障害が正しく理解されているとはいえないと、和氣先生は語る。

「発達障害の特徴として “コミュニケーションが苦手” “物事へのこだわりの強さ” などは語られてきましたが、“見る” “聞く” “理解する” といった知覚や認知の面での特異性が、教育や生活の場での問題行動の原因のひとつになっていると指摘されるようになったのは、ごく最近のことです」

和氣先生によれば、自閉症スペクトラムや学習障害の人たちは、定型者より「錯視(さくし)」が起こりにくいという研究結果が出されているという。「錯視」とは見た色や形などが実際とは違って認識される、いわば「視覚の錯覚」のことだ。「錯覚」については、別の記事「股のぞきで脳をだます錯覚のマジック」で詳しく取り上げた。

視覚認知は成長過程でさまざまな学習のもとに形成される(写真はイメージです)

幼児期の段階で「錯視」を用いたテストを

「錯視」が起こりにくい要因としてあげられるのが、空間認知における眼球運動や視覚情報の統合が不良であることだ。視覚認知は生まれた当初から完全に備わっているものではなく、成長過程でさまざまな学習のもとに形成されていくものだという。

視覚認知のプロセスには、次の4つのステージがある。
〔1〕視覚情報の入力
〔2〕視覚。取り込まれた視覚情報を処理し、全体として把握する。
〔3〕認知。知覚した情報を意味情報と照合する。
〔4〕記憶。知覚・認知した情報を符号化し、保持し、想起する。

視覚認知機能は、視力などの視機能、眼球運動、奥行知覚などの発達に比例して徐々に獲得されていくものなので、もし視覚認知不良があれば早期発見に越したことはない。しかし未発達な幼少期に気づくことは難しいという。

そこで、この「錯視」を用いた心理テストを幼児期の早い段階に実施することで、発達障害を判断するひとつの目安にするというのが、和氣先生の研究である。

「今後の研究で『発達障害と錯視効果との関係』を明らかにすることによって、視覚認知発達検査に「錯視」を組み入れる可能性が出てくるでしょう。そうすれば学齢期以前の幼児が楽しみながら受診し、家庭や学校での日常生活がいっそう豊かになるように早期の支援を受けることができるようになると考えています」

 

家庭でも視覚認知不良に気づくポイントがいくつかある(写真はイメージです)

家庭での早期発見、3つのポイント

「発達障害を持っていることに気づかないまま成長していくと、さまざまな局面で障壁にぶつかったり周囲との関係悪化を招いてしまったりもします。そして自信喪失に陥ったり、いじめの対象となってしまうこともあるんです。親のほうも、しつけが悪いとか努力不足などと責められ、育児不安に陥ることもしばしばあります。こうした状況を防ぐためにも早期の発見・早期の介入で、自己有能感や社会的スキルを育成していかなければならないのです」

家庭でも視覚認知不良に気づくポイントがいくつかあるという。

本を読む際、読んでいる場所を見失うことはないか?
本を読むのが遅い、同じところを読むことはないか?
エスカレータにスムーズに乗れるか?

この3つは、視力、調整力、注視力、眼球運動機能の判断基準として有効だという。どれも日常の暮らしのなかで注意すれば気づくことばかりだ。

もっともっと、正しい知識や情報を関係者に浸透させる必要があると和氣先生は話す。

「現状、視覚認知の発達をうながすことが発達障害者の支援にとって大切であるという知識が、保護者や療育や支援に携わる人に行きわたっていないように思います。子どもの発達を支える養育者が仕事上でゆとりをもつことができ、研修会や講習会に参加するなどして、関連することがらについて今以上に幅広く学ぶことができるようになると良いですね」

立ちすくんでしまうショック

神奈川大学みなとみらいエクステンションセンターの横浜キャンパスで行われた公開講座「知覚認知心理学から学ぶ発達障害の視覚認知支援」で、発達障害児を取り巻く現状や、その支援にかける和氣先生の熱い思いを知ることができた。

昨年夏、記者は子どもの手術のために、神奈川県立こども医療センターへ足を運び、さまざまな障害を持った子どもたちを目のあたりにしてショックを受け、自分がどうしたらいいかわからなくなった。和氣先生は語る。

「障害者施設に教育実習へ行った学生たちが、現場で初めて障害者に接したショックから思うようにコミュニケーションがとれず、ただ立ちすくんでしまうことも多いんです。でも、その体験やショックに感じた気持ちが本当はとても大事。そこからどう行動に移すか、どう自分が手を差し延べるかなんです。このようなことをきっかけに、自分はここから何ができるだろうかという気持ちを抱き、少しでも理解を深めて行動することができるようにまでなれば嬉しいです。わたしは、公開講座やNPOでの取り組みを通して、多くの方々に、発達障害児(者)への理解を深めていただきたい、そのために特に視覚認知の発達が順調かどうかを知ることが重要だということを伝えてきたいと考えています」

〔錯視についてわかる記事〕股のぞきで脳をだます錯覚のマジック

〔大学のココイチ〕公開講座の開催されるKUポートスクエアのラウンジは、眼下にみなとみらいの遊園地が広がり、窓越しにはドーンと観覧車。なんとも贅沢な環境だ。

 

取材講座データ
知覚認知心理学から学ぶ発達障害の視覚認知発達支援 神奈川大学みなとみらいエクステンションセンター 2016年度後期

文/yukako 写真/yukako(講義風景)、(c)beeboys、(c)aquar / fotolia

〔関連講座〕錯覚の心理学