海辺の松を枯らす原因は潮風だけじゃない
堀先生によれば、松は光が大好きな樹木だという。しかも大変丈夫な樹種らしい。もともと常緑樹と落葉樹では、葉っぱの質が違うという。落葉広葉樹の葉っぱがせいぜい半年くらいの寿命なのに対し、常緑樹の葉っぱは5年くらいもつ。この違いをもたらしているのは、葉っぱのクチクラ層という組織だ。椿や松の葉っぱは、まるでロウに覆われたようにテカテカしているが、あれがクチクラ層。このクチクラ層は灼熱の太陽光にも負けず、少々潮風が吹いても、びくともしない。ではなぜ海辺の松が枯れるのか。
「海辺の松が部分的に枯れることがあるのは、潮風と一緒に砂が飛ぶからです。砂で葉っぱのクチクラ層が傷ついて、そこに塩分が入ってくる。塩分が入ると“青菜に塩”の状態になって、浸透圧の関係で水分が抜けて枯れていく。しかし一部は枯れてもさすが松は松。先端が枯れてもすぐにその下にある枝が持ち上がって、その枝が新たな幹になろうとするのです」
一度沸騰させた水に枝をさすと
次のとっておきの話は、同じ木でも、乾燥した尾根に立つものと、湿気のある谷に生えるものでは姿が違ってくるということ。
尾根という場所は、しょっちゅう風が吹いているから、尾根の木は風の影響を受ける。しかも、ただでさえ谷より乾燥しがちな地形なのに、風のためにさらに水分が蒸発するので、尾根の木はつねに乾燥にさらされることになる。
堀先生によれば、風と乾燥という条件の下では、上長成長が抑えられるととともに、根が猛烈に発達するという。その時に働く植物ホルモンがエチレン。エチレンは実を熟成させたり、落葉させたりする働きをもち、私たちもスーパーなどで「エチレンガス吸収」と書いた野菜保持袋を目にすることがあるはずだ。
「エチレンは、木の地上部の成長を抑えるんですが、木の地下部では逆に根の成長を促進させるんです。乾燥というのは植物にとってものすごいストレス。ストレスが強いところでは、そのストレスに対処するためにエチレンが生成されます。結果として、ものすごく根系(こんけい)が大きくなります。
たとえば砂漠の木はどれくらいの根を持つかご存じですか? 私はアフリカでアカシアを観察したことがあります。オーストラリアも乾燥している地域ですが、そこのアカシアとも違って、アフリカのアカシアは落葉性でトゲだらけです。雨季に葉っぱをつけて、乾季に葉っぱを落とす。雨季といってもスコールなので、日本の梅雨のようにずっと雨が降るわけではない。そして乾季の約半年間はほとんど雨が降らないんです。そうすると、ものすごく根が発達する。樹高はせいぜい10mくらいなんですが、調べた話によると、根は50mも広がっていたそうですよ」
一方、谷に生える木は、尾根よりも背丈が高くなるという。水分も十分にあるし、乾燥もしないし、風も弱い。
最後に堀先生は、水分について、私たちが知っておきべき知識を教えてくれた。
「谷がよいのは、水が集まってしょっちゅう動いている場所であることもあります。水がいつも流れていれば、その中にはふんだんに酸素が含まれる。酸素が含まれていない水は、植物は利用できないのです。だから一回沸騰させた湯冷ましに枝をさしても、すぐ枯れてしまいますよ」
講座にはまだまだたくさんの「とっておきの話」が語られた。淡々と穏やかに語りながらも、どの話にも樹木を思うめちゃくちゃ熱いハートが感じられる。なんと樹木というのは人間的なものなのだろう。これから樹木を見るたび、堀先生の解説を何度も思い出すことだろう。樹木とともに生きる喜びを味わいながら。
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樹木医や植木職人、農業高校の先生などが集まる、かなり専門的な講座ではあるが、樹木愛ひと筋の講師の話は聞きどころ満載。
取材講座:「樹木の形を読み解く」(東京農業大学オープンカレッジ・世田谷キャンパス)
文/まなナビ編集室 写真/まなナビ編集室、(c)Gabriele Maltinti / fotolia