吉原は赤線地帯と訳してはいけない
落語のひとつの特徴として、「吉原」をテーマにしたものがあるが、これを英語落語に翻訳するときには特に注意が必要と、講師は真剣な顔つきで語る。
「吉原をテーマにした噺を、〈廓噺(くるわばなし)〉と呼びます」
具体的には以下のような噺だ。
文七元結、明烏(あけがらす)、辰巳(たつみ)の辻占(つじうら)、五人廻し、お見立て、二回ぞめき、幾代餅(いくよもち)、品川心中。
「英語落語を翻案する際、吉原、遊郭という言葉をどう英語に訳するのかが大きな問題となります。絶対にやってはいけないのが、Red-light district、つまり赤線地帯という翻訳。これでは当時の吉原のことが間違って伝わります」
講師の表情は真剣だ。廓噺を英語にする時に、間違えると「吉原が粋な場所である」というニュアンスが失われてしまう。それを何より避けないと、落語の心が外国に伝わらなくなるということなのだろう。
Pleasure Quarter
Entertainment District
(いずれも歓楽街)
というような英語を使うといいという。
「当時の吉原には、流行の先端、ファッションの発信地、というようなニュアンスが必要です。なので、遊郭をBrothel(売春宿)と訳すのも勧められません。個人的にはTea houseという訳がいいと思います」
同音異義語が日本語は多く英語は少ない
落語という一人語りで、何人かの出演者を身振りで分けながら伝える、そして噺にオチがあるという形式は、世界で例を見ないもの。これは日本独特のものだという。
英語落語をつくり出す際には、言葉の壁を越えて、落語が生み出す笑いや感動を伝えなくてはならない。自然と、落語とは何か、という根本的な部分を掘り下げる作業になり、これは単純な翻訳とはまったく違うことになる。
「日本のジョークはダジャレが中心で、これを〈地口(じぐち)〉と呼びます。同音異義語が日本語は多いので、地口のギャグは作りやすいんですね。ところが、英語の場合には、同音異義語が少ないので、地口のギャグはつくりにくいんです。ここが大変です」
当たり前のことだが、日本語の地口のギャグは、そのままでは翻訳できない。 英語圏の人にわかるようにして、英語圏の人に笑ってもらえるような英語のギャグを新たに作り出して、置き換えの作業をしないと、英語落語は成立しないということだ。