明治大学名誉教授・越智道雄先生 講座風景
ベルリンの壁崩壊で87万人が西ドイツへ移住
「欧州では「戦犯国家」ドイツが東西に分断されたのに対して、アジアでは日本ではなく、被害を受けてきた朝鮮半島が南北に分断されました。欧州では「順接」、アジアでは「逆接」――この違いは大きく、結果、NATOやEUに当たるものはアジアに生まれず、日韓があい携えてアジア版のNATOやEUを創出できる動きを潰しているともいえます」
こう語る越智先生。
その朝鮮半島では、北朝鮮が国力を誇示するためミサイル発射を繰り返す一方、韓国では新大統領が誕生したものの混乱立て直しへの道筋は依然不透明な状況だ。
もし朝鮮半島統一が現実味を帯びたとき、つまり38度線が崩れたとき、いったい何が起こるだろう。両国の関係性を見れば、苦しい生活を強いられている北朝鮮の人々が、大挙して国外に流れることが容易に想像できる。
そこで対比されるのが、国境が取り払われ、大きな人口移動を生んだ東西ドイツ統一の例だ。ベルリンの壁崩壊後、1989〜1992年の間に、ベルリンだけでも東から西へ約87万もの人々が移住した。
だが、仮に北朝鮮の人々が韓国へ押し寄せるとすれば、その規模は東西ドイツ統一時の比ではない。なぜなら、東独の総人口が西独の27％だったのに対し、北朝鮮の総人口は韓国の46％と半数近くに上るからである。
「同じドイツ人じゃないかと」コール首相は大盤振る舞いで難民を受け入れたが
韓国が北朝鮮の人々を受け入れようにも受け皿がないのだ。越智道雄先生は語る。
「錆びついていたとはいえ、当時の東独は共産圏では最も発達した優秀な国でした。そのため、東独出身者の多くは低賃金ではあるものの、西独のブルーカラーの仕事を奪う形で職を得ることができました。しかし、北朝鮮はすんなりそうはいかないことが懸念されています」
また、東西ドイツ統一の際、当時のコール元首相は次のような英断を行った。難民全員に一人あたり100マルクの「歓迎金」を渡して、難民が暴徒化するのを防いだ。さらに当時、東西マルクでは、西独マルクは東独マルクの３倍の価値があったにもかかわらず、東独マルクから西独マルクへの交換比率を4000マルクまでは１対１、4001マルク以上では２：１という破格の待遇を提示した。
この気前よすぎる政策に、さすがに政府もドイツ連邦銀行も反対したが、コール元首相は「どうあろうと、われわれは同じドイツ人じゃないか」と即答したという。コール元首相のような指導者がいたからこそ、東西ドイツの統一が大きな混乱もなく成し遂げられたのだと思わざるを得ない。そのコール元首相も6月17日に死去した。
はたして朝鮮半島でこれが実現するのだろうか。
「瓦解した北朝鮮を韓国が引き受けるとすれば、そのコストは2兆ドルとも3兆ドルとも言われています。これは韓国のGDPの5〜6倍に相当する金額です。そのコストを背負えば、韓国の国民の平均年収は現状より6000ドル減り、1万3500ドル程度になると見られています。年収の3分の1を失うことにななるのです」
もし韓国が北朝鮮の総人口を受け入れた場合、「グレイター・コリア」の総人口は7000万人を超える。越智先生は、「コール元首相のような大盤振る舞いをするには、北朝鮮の人口が多すぎるんです」と言う。
38度線付近は鉄条網や地雷。中国や日本を目指す？
難民となった北朝鮮の人々が、そのまま韓国に大移動するとは単純に考えられない事情もある。訪朝経験のある越智先生によれば、38度線の幅4キロの国境付近は、南北双方が侵入を防ぐため、鉄条網や高圧電線で覆われ、一面に地雷が敷設されているという。
また、北朝鮮のほとんどの国民は、脱北を防ぐために、38度線よりかなり北の内陸部に住まわされているという。産業の中心地も同様に国境から離れて設けられている。その結果、国土の４割ほどの地域に約2300万人が集中している。これが北朝鮮の全人口の９割ほどに当たる。そうなると、国境を超えて韓国に入るより、北へ抜けて中国を目指すほうが現実的だと越智先生は指摘する。
いまシリアやイラクからの難民がヨーロッパに押し寄せているように、北朝鮮からの難民がボート・ピープルとなって日本に押し寄せる可能性もゼロではないという。ただし、北朝鮮では国策で船舶の所有が厳しく限定され、ボート・ピープルの数も自ずと限定される。とはいえ、もしそうなれば、日本も難民問題をわがこととして考えなければならない日が来るかもしれない。
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