国家神道という宗教をバックボーンに
伊藤弁護士は、男女共同参画を支えている根本理念である憲法を学ぶことが、真の男女平等につながるという。なかでも〈家〉というキーワードに着目して憲法をとらえると、戦前の大日本帝国憲法と、戦後の日本国憲法の基本的な立場がどう違うのかが、よくわかると語る。
日本初の憲法は、1889年に発布された大日本帝国憲法だ。起草したのは、伊藤博文を中心に、伊東巳代治、井上毅、金子堅太郎らである。その目的は、国家優先で強い国づくりをするためだった。そもそもなぜ伊藤博文は憲法を作らねばと思ったのだろうか。
「伊藤博文はヨーロッパを訪れて、どうしてヨーロッパはこんなにうまくまとまっているのか、と思っていました。そして2つ理由を見つけました。1つは立憲主義。もう1つは宗教。キリスト教でまとまっているのだということに気づきます。
そこで、日本でも宗教をバックボーンにしてうまく国をまとめようとしました。しかし日本には古来、仏教や神道などいろいろな宗教がありました。そこでその中で皆がまとまる宗教として生まれたのが、天皇制と神道を合体させて作られた〈国家神道〉です。伊勢神宮を頂点として全国の神社を統廃合して、神主を国家公務員として管理し、天皇は神から永遠の統治権を与えられた存在であり、千代に八千代にその統治権を行使できるとしました」(伊藤弁護士。以下「 」内同)
国家は〈家〉、天皇は〈家父長〉
その説明に利用されたのが〈家〉という制度です。〈家〉はもともと武家のものだったのですが、明治になって庶民に対しても、『家を大切にしましょう』『家の主である家父長の言うことを聞かなければならない』ということを広めていきました。
そして〈家〉をどんどん大きくしていきます。これを国まで広げて〈国家〉という概念を作り上げます。国も大きな家なんだ、ということです。〈国家〉という大きな家の家父長が天皇です。
明治憲法発布の翌年、教育勅語が発布されます。そこで、国家という大きな家の家父長の言うことを絶対化し、国家や家族の中で個人を埋没させ、個人主義を徹底的に否定して、戦争に突き進んでいくのです。つまり、私たちが大切に思う〈家〉や〈家族〉という概念をうまく利用したんですね」
外見的立憲主義の失敗
「戦争に突き進んでいく国家に対し、本来は立憲主義によってブレーキをかけなければならなかったのですが、東アジア初となる日本の立憲主義は不完全でした。見掛け倒しの立憲主義という意味で、〈外見的立憲主義〉と言われます。
どこが見掛け倒しかというと、憲法の目的が十分に自覚されていなかった点です。本来の近代立憲主義は個人の人権を保障するためのものなのですが、その点が自覚されず、大日本帝国憲法は憲法を臣民を治める道具としてしか認識していなかった。そのため軍部が台頭した時、憲法で抑えることができなかったのです。
日本は外に向かって戦争をやり続けました。憲法発布前の1874年の台湾征伐から始まって、じつに71年間、日本はアジアに向かって戦争をし続けた国でした。今年が戦後72年。やっと戦争をしない国として勝ち越したところなのです」
日本国憲法でどう変わったのか
敗戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領下で、新しい憲法の草案が作られた。伊藤弁護士は、草案はたしかにGHQ民政局が作ったものであったかもしれないが、日本で初めて女性の参政権が認められた民主的な議会での議論と修正を経て、国民が確定したものであることを忘れないでほしいと語る。新しい憲法で大きく変わった点は何なのか。
「戦前への反省から次の内容が盛り込まれました。ひとつは、神権天皇・軍隊・宗教の三位一体が解体され、象徴天皇制・9条・政教分離が規定されたこと。もうひとつは、個人の尊重を基礎とした立憲主義の確立です。そして、戦前は2流官庁といわれた裁判所(司法権)を独立させ、違憲審査権を規定して法の支配を徹底しました。
なかでも〈個人の尊重〉というのが、私たちひとりひとりにかかわる、日本国憲法の最も大事な理念なのです」
なぜ憲法は「幸福権」を保障していないのか
憲法13条には次のように書かれている。
13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
この後段を〈幸福追求権〉というが、なぜ憲法は〈幸福権〉を保障していないのだろうか。伊藤弁護士は次のように説明する。
「何を幸福と感じるかは人によって違います。国が決められるものではありません。幸せを追い求める権利は国が認めますから、あなたの幸せはあなたが自分で決めてください──という考え方なのです。『自分の幸せは自分で決める』この自己決定権という人権が保障されているのです。自分がつきたい職業があれば堂々と追求する。そこに男女の差はありません。結婚相手も自分で決めていい。子供を作りたいかどうかも自分で決めていい。そこに男も女もない。だから男女共同参画は13条からはあたりまえのことなんです」
攻撃される13条と24条
伊藤弁護士は13条とセットになっているのが24条だという。
24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
「24条では、家族の中の個人の尊重と平等を保障しています。戦前は家父長の合意がなければ結婚できませんでしたが、両性の合意のみで結婚できるようになりました。また、戦前は女性が結婚すると行為能力が失われて、妻は夫の同意がなければ単独で取引行為ができませんでした。つまり今の未成年者と同じ、行為無能力者の扱いだったのです。しかし新しい憲法では財産権も相続も保障されています。「離婚並びに婚姻」と、離婚が先に来ているのは、戦前、離婚をしたくても個人の意思で嫁ぎ先の家を出ることすらできなかったことから、離婚も個人の自由意思でできるとすることを強調したかったのでしょう。
13条、24条は〈個人の尊厳と両性の本質的平等〉を表すもの。だから戦後を否定したい人や、男女共同参画に反対する人は、13条と24条を攻撃してくるのです。
憲法改正の対象は、9条だけではありません。私たちは70年前に獲得した〈個人の尊厳〉を守らなければならないのです。それが男女共同参画の大前提となります」
(続く)
いとう・まこと 弁護士・伊藤塾塾長・法学館法律事務所所長
1958年生まれ。1981年に司法試験に合格、1982年東京大学法学部卒業。法学館法律事務所を設立し、所長を務める。憲法や法律を使って社会に貢献できる人材の育成を目指し、1995年伊藤塾を開塾。また、書籍・講演・テレビ出演などを通して憲法価値の実現に努めている。NHK「日曜討論」「仕事学のすすめ」、テレビ朝日「朝まで生テレビ」などテレビ出演多数。『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか―48歳からはじめるセカンドキャリア読本』『私たちは戦争を許さない』等著書多数。
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取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)