学校教科書に登場したマンガ
学校の教科書は、学習指導要領に基づいて作成され、文部科学省による検定が行われる。その後地区ごとに採択が行われ、採用されたものは義務教育では原則4年間使用されることになる。
「教科書とマンガはあまり相性がよくないと思われているところがあります。
教科書の検定基準には、教科書は学習指導要領に示す学年、分野又は言語の『内容』及び『内容の取扱い』に示す事項を不足なく取り上げていること、とあります。また、学習指導要領に示す目標、学習指導要領に示す内容及び学習指導要領に示す内容の取扱いに照らして不必要なものは取り上げていないこと、とあります。その2つの条件を満たそうとすると、マンガを用いるのはそんなに簡単なことではないのです」(山田氏。以下「 」内同)
そんな中で、マンガが教科書に取り上げられた事例を紹介した。
「平成28年度版中学校美術(日本文教出版)では『マンガ表現の豊かさ』として、『ピンポン』(松本大洋)『名探偵コナン』(青山剛昌) 『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子) 『ちはやふる』(末次由紀) 『バクマン。』(漫画:小畑健、原作:大場つぐみ) などが取り上げられました。マンガがどういった表現をしているかを理解して、自分でも活用するという教材です。子どもたちに人気の高い教材が取り上げられています。
平成27年度版小学校国語(教育出版)では、『まんがの方法』として、マンガのおもしろさの秘密を探ろうということで、コマ・せりふ・人物の表情・省略表現・背景を見ていき、マンガの表現方法やマンガがどういうものなのかという考えを深めるのが目的になっています。
取り上げられているのは『ジャングル大帝』(手塚治虫) 『ポケットモンスタースペシャル』(日下秀憲・山本サトシ) 『おもひでぽろぽろ』(岡本螢 作・刀根夕子 画) 『チューくんとハイちゃん』(坂田靖子) 『ちびまる子ちゃん』(さくらももこ) 『ドラえもん』[タイで発行されているもの](藤子・F・不二雄) です」
高校の数学教科書にも
マンガが教科書に取り上げられたのは、小中学生の国語や美術だけではない。
「平成19、20年度版の高校数学(啓林館『オーレ! 数学Ⅰ』『同 数学A』『同 数学Ⅱ』)では、親しみやすさを優先して、マンガを多数掲載しています。章の始めの導入では、日常生活の中でよく体験するシチュエーションで展開して、本文内容への興味をもてるようにマンガを掲載しています。
平成20年度版数学Ⅱ(啓林館『オーレ! 数学Ⅱ』)では、70ページほど漫画を掲載して検定申請を行ったそうですが、学習内容との関連性が不明といった検定意見が100箇所以上付きました。結果、おおよそ50ページ分が削除されることとなって検定に合格しました。
これが実現された要因としては、高校の数学は苦手な子は最初の段階から全くできないという現実と、高等学校の教科書は一つの社が同じ教科・種目で、複数の教科書を発行することがあるということがあります。義務教育は広域採択で、複数種発行しにくいので、チャレンジがより難しいのです」
マンガ教材化に向けた動きも
その一方で、小学生は2020年から、中学生は2021年から新学習指導要領が実施される。その内容に、マンガ教材化の可能性があるという。
「平成29年度版『中学校学習指導要領 美術』は『A表現』『B鑑賞』+〔共通事項〕で構成されていますが、その『A表現』について次のような記述があります。『ウ 日本及び諸外国の作品の独特な表現形式、漫画やイラストレーション、図などの多様な表現方法を活用できるようにすること』です」
解説には、次のように示されている。
「漫画は、形を単純化し、象徴化、誇張などして表現する絵である。日本では『鳥獣人物戯画巻』や『信貴山縁起絵巻』、江戸時代の人々の生活を漫画風に描いた『北斎漫画』なども残されており、日本の伝統的な表現形式の一つといえる。イラストレーションは、挿絵、図解、説明や装飾のための図や絵などのことであり、書籍や雑誌、新聞、ポスター、映像メディアなどに活用され、日常の生活の中に深く浸透してきている。図は特に、瞬時に内容が分かり伝わることが大切であり、その目的や、何を示したいのかを考え、単純化・強調などをする必要がある。これらの表現方法の指導においては、表現する対象や目的に応じて、形と色彩の調和や効果を考えて表現をさせることが大切である」
このほかにも、「平成29年度版『中学校学習指導要領 国語』2年の『読むこと』の指導事項には『文章と図表などを結び付け、その関係を踏まえて内容を解釈すること』とあります。また『知識及び技能」の『(3)我が国の言語文化に関する事項』の指導事項として、『イ 現代語訳や語注などを手掛かりに作品を読むことを通して、古典に表れたものの見方や考え方を知ること。」とある。
『ベルサイユのばら』からフランスの歴史に興味を持ったように
このように学習指導要領がマンガの教材化に寛容になったとしても、それが採択されるかが最も重要だと山田氏はいう。
「実際のところ、先生方のニーズとして、マンガ教材を望む声は多くはないのが現状です。社会生活を送る上でマンガを読む力が必要だと認められているとも言いにくいでしょう。あるいはマンガが言語能力の育成に資するという認識の浸透や定義の定着も、今のところ進んでいません。実際に教科書編集の実務を行っている中でも「読むこと」教材の発掘は、改訂の度に当然大きなポイントの一つになります。メインの素材としてマンガを扱う教材は、これまでのところ厳しい検討・選定を経て掲載されるには至っていません」
しかし、もはや「manga」は世界語になりつつある。その独特な表現方法と高い文学性は、世界に認められているのだ。それが教材として採用されるのは、必然の流れになるかもしれない。
実際、マンガを導入にして学問に興味を持ったという知人を何人か知っている。『ベルサイユのばら』を読んでフランスの歴史に、『あさきゆめみし』を読んで『源氏物語』の研究をしたりといった具合だ。『のだめカンタービレ』では多くの読者をクラシック音楽へと導いた。筆者はこれらに加えて『王家の紋章』ででエジプト文明に並々ならぬ興味を持ち、資料本を読みあさった。
マンガを教育の場で活用することは、子どもや教育現場の可能性を大きく広げるはずだ。ぜひ今後の動きに期待したい。
◆取材講座:「早稲田大学教育総合研究所 教育最前線講演会シリーズ25 学校教育におけるマンガの可能性を探る」
文・写真/和久井香菜子