「うつ」は「自分の居場所がここにない」という意識が発する危険信号
杉山先生は、「うつというのは、自分がこの世界で役に立ってない、自分で自分に価値が見いだせない、自分の居場所がここにない、排斥されそうだ、そういう意識が発する危険信号なんです」と言う。
うつ病の人は引きこもりがちになる人が多いが、それも、自分がこの世で受け入れられないという排斥リスクを恐れるためだという。閉じこもっていれば社会的には安全で、排斥や攻撃をされたりしない。そしてその間、ずっと自分を責めつづけているのだ。
その状況から抜け出すことはできるかというと、それは難しいという。
「一般論として、うつ病になった人のほとんどが自分で抜け出そうとします。しかし不可能とまでは言いませんが、なかなか自分だけでは抜け出せないんです。臨床心理士に話を聴いてもらったり、わかりますよとうなずいてもらうだけで全然違ってきます。つまり、家族や周囲の人の理解と手助けが必要なのです」(杉山先生)
うつになる前と変わりなく接する
しかし、うつになった本人の家族や同僚は、うつになる前の本人像をどうしても思い描いてしまい、「ちょっと前まで元気でやる気にあふれていたのに」「いったいどうしてあんなに変わってしまったのだろう」とがっかりし、期待を裏切られたような喪失体験を抱きがちだという。
そしてともすれば、喪失体験のつらさから、うつの人にきつくあたってしまうこともあるという。
「頭でわかってはいても、いざ家族がうつ病になると、『変わってしまった』『あんな人ではなかったのに』という思いを抱いてしまう人は少なくなく、なかなか以前と同じ態度で接することができません。しかし、うつの人は『自分には価値がない、居場所がない』と思い込んでいますから、周りの人ががっかりしていては、その気持ちが伝わってしまいます」(杉山先生)
そのため杉山先生がすすめるのは、うつになった本人だけでなく、家族もカウンセリングを受けることだ。
「まわりの人から大切にされているという感じがうつ病患者には大切です。ご家族がうつ病の人を大切にできる、そういう環境をつくるためのカウンセリングが求められていると思います。誰かがうつ病になったらその家族がカウセリングを受けるというのが当たり前の常識になればいいなと思います」
うつになった人が一番楽になれることを一緒におこなう
相手のうつを受け止めた次にすることは、相手は何をすると嬉しいのかを考え、その人が一番楽になれることに付き合ってあげことです。私が以前かかわったうつ病の男性は、妻と食材を一緒に買いに行き、一緒に料理する、その時間が一番気が楽だと言っていました。その人の奥さんもきちんと理解して付き合ってくれていたのですね、この人は回復もかなり早かったことを覚えています」(杉山先生)。
一緒にするものとして、体力的に無理がないのなら、お勧めなのが散歩だという。散歩は自分で自分の体を動かすことでまわりの景色がどんどん変わるので、脳によいといわれている。
うつから回復するには年単位の時間がかかるという。それだけの時間がかかるということも含めて受け止めるには、やはり家族もカウンセリングを受けるなど、プロの力を借りながら乗り切っていくことが必要だ。
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すぎやま・たかし 神奈川大学人間科学部教授、心理学者
1970年山口県生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科にて心理学を専攻。医療や障害児教育、犯罪者矯正、職場のメンタルヘルス、子育て支援など、さまざまな心理系の職域を経験、脳科学と心理学を融合させた次世代型の心理療法の開発・研究に取り組んでいる。臨床心理士、1級キャリア・コンサルティング技能士。『ウルトラ不倫学』『「どうせうまくいかない」が「なんだかうまくいきそう」に変わる本』等著書多数。最新刊は『心理学者・脳科学者が子育てでしていること、していないこと』(主婦の友社刊)。
◆取材講座:メンタルヘルス・マネジメント講座「大人の人間関係論 part2」(神奈川大学みなとみらいエクステンションセンター/KUポートスクエア)
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