モニターに次々に映し出されるのは、片足や片腕、あるいは頭のもげた土偶たち。痛々しいその姿に思わず顔をしかめてしまう。しかし“縄文のビーナス”として名高い国宝土偶は割れていなかった。じつはそこにこそ、土偶と呪いとの深い関係があるのだ……。
“縄文のビーナス”は初めて尽くし
“土偶女子”という言葉がある。とにかく土偶が大好きで仕方のない女性のことを指すが、むっちりボディーのデフォルメされた姿は、人を引きつける独特のパワーがあるようだ。
高橋龍三郎先生(早稲田大学教授)による「縄文文化の最前線」講座(早稲田大学エクステンションセンター)は、「土偶とはどんな役割のものだったのか」「人間社会でどのように使われたのか」をさぐり、縄文人の心の奥底にまで迫ることを試みるものだった。
「これは、“縄文のビーナス”と名付けられた、始めて国宝に指定された土偶です」との高橋先生の説明でスライドが映し出された。1986年9月8日、長野県・棚畑遺跡から出土し、茅野市尖石縄文考古館に収蔵されている、日本で最も有名な土偶である。
「大変有名な土偶ですから、皆さん、教科書や本などで見たことがあるでしょう? 縄文中期後半の土偶です。
この土偶を収蔵する茅野市尖石縄文考古館にはもう一体、“仮面の女神”と名付けられた国宝の土偶が収蔵されていて、同じ博物館で二体、国宝の土偶があるのは、ここだけです。
皆さん、この土偶はいろいろな点で初めて尽くしだったのです。どういうところが初めてだったか、わかりますか?」(高橋先生、以下「 」内同)
男女比約8:2の4、50人の受講生は真剣なまなざしを高橋先生に向ける。
「まず、土偶というのは、だいたい、手や足、あるいは頭がもがれた形で発見されます。この土偶はほぼコンプリートに近い状態で発掘されて、出てきた状態のままでほぼ、立つんですね。そんな土偶は初めてでした。
おまけにもうひとつ、出土状況がきわめて変わっていたんです」
〈うっかり〉でなく、〈わざわざ〉横倒し
「“縄文のビーナス”は、掘られた穴の底に、壁に向かって横倒しで発見されたんです」
「うっかり横になってしまったというのではない。あきらかに、わざわざ横倒しにして埋めたのです。こういう出土状況は、非常にまれでした。
ところがその出土状況は、これ一体で終わらなかったんです」
「この14年後、2000年に、これまた完全体に近い土偶が、同じ茅野市の中ッ原石鼎遺跡から出土しました。“仮面の女神”と名付けられた土偶で、これも国宝に指定されました」
「“縄文のビーナス”は縄文中期のものでしたが、“仮面の女神”は縄文後期のものです。その出土状況が、これもまた、穴を掘って、その穴の底に横倒しに置いてある、といったものだったんです。
つまり、レアケースが続いたというわけですね、しかも同じ市内で。皆さんはどう思われますか?」
この講義の特徴のひとつは、講師が受講生に問いかけながら進めていくということだ。
「土偶は人のかたちをしている、いわば人形(ひとがた)ですね。それを、わざわざ穴を掘って埋める。これは、人の埋葬に近いですよね。
でも、縄文時代、横倒しに人を埋葬する、という風習はなかった。それだけではない、新潟県の栃倉遺跡では、わざわざ逆さまに埋められた土偶も見つかっています」
「土偶はふつう、手や足、頭が取れたり割れたような状態で見つかる、と説明しましたよね。でも、最初から割れているわけではない。最初はすべて完成品です。それを、わざと割ったり、折り取ったりする。
そこで考古学者は、土偶は何らかの儀礼に使われたものだと考えました。いわば、呪術の道具です。
呪術と聞くと、おどろおどろしいですよね。でも実際、皆さんは知らず知らずのうちに、呪術をおこなっているんですよ」 「たとえば、子供さんが大学受験をされるとき、合格祈願のお守りをもらってくる、それも呪術の一種です。
呪術とは何か。 それは、超自然的な存在、 たとえば神とか精霊とか、あるいは霊力の助けを借りて、種々の現象をおこさせようとする行為だとされています。
著名な文化人類学者ジェームズ・フレイザー(1854-1941)はその著書『金枝篇』でこう言っています。こういうことが起きたときに、こうすればこういう結果が得られる、いわば因果律があるのが呪術だ、と。
だから、“呪術”は、現代人がその言葉から受ける印象と違って、かなり合理的な解釈ができるもの。“前科学”とも言えるものです。英語でいえば“マジック”。病気祈願のような良い結果を期待しての呪術ならホワイトマジック(白魔術)、相手を呪って悪い結果を期待しての呪術なら、ブラックマジック(黒魔術)となりますね」
一度使った割り箸は折って捨てる
「その呪術には、2種類ある。それが“感染呪術”と“類感呪術”です。
“感染呪術”とは、感染あるいは接触の原理に基づくもので 、一度接触していたものは、 離れた後も一方から他方に作用を及ぼす、 こういう考え方の呪術です。たとえば、相手の唾液の触れた煙草を入手して、相手を呪う道具に使ったりする、そういうことですね」
記者は、一度使った箸は必ず折って捨てるという風習を思い出した。一度でも身につけたもの、とくに唾液などの体液が付いたものなどは、悪用される恐れがあるためだと聞いて妙に納得したことがある。縄文人の(それどころか、もしかしたらホモ・サピエンスの)DNAが今につながっているのだ。
「いっぽう、“類感呪術”はどういうものかというと、一番わかりやすい例が、雨乞い。雨乞いする時に水をまいたり太鼓を叩いたりするでしょう? これは雷雨を模倣したものです。たとえば雷が鳴ると雨が降る、それを真似る。
つまり、模倣によって願望をかなえようとするのが“類感呪術”です。 土偶はこの類感呪術に使われたものでしょう」
なぜ土偶を壊すのか
「じゃあ、なぜ土偶を壊すのでしょうか。考古学者の意見はだいたい二つに分かれています。一つは、手足が折り取られてのは、手の病気や足の病気の除災である、という見方。これは災いをなくすために折るんだという、いわばホワイトマジックの考え方ですね。
もう一つは、 誰かを念頭に置いて、あいつの足を曲げてしまえ、とか、手が折れてしまえと願う、ブラックマジックですね。私はどちらかと言うとブラックマジックなんじゃないかなと思うほうですね。なぜなら、パプアニューギニアでの調査でも、そういうケースが多いからです」 高橋先生は、日本国内で発掘調査・研究をするにとどまらず、北米北西海岸のクイーンシャーロット島やパプアニューギニアでのフィールドワークを経験し、その成果と縄文時代研究との間を日々往復しながら、新たな縄文文化研究に取り組んできた。かつて、若き研究者時代には、亀ヶ岡式土器と呼ばれる縄文式土器の研究に没頭していたという。
しかし1970年代ごろから、こうした伝統的な考古学に、民族学や人類学、文化人類学を融合させた「新考古学」を目指そうという動きが欧米で盛んになってきた。高橋先生は、こうした海外の研究動向をいち早くキャッチし、1990年代から本格的に民族考古学へのアプローチをしてきたのだ。
「パプアニューギニアでは、今なお呪術が身近にあるんです。たとえば、ある朝、一人の男が何やら怪しい動作をしているので、何してるんだと尋ねると、隣の作物が全滅するように祈ってるんだ、と言う。それはちょっとひどいんじゃないか? と言うと、あいつが先に俺を呪ったから、やり返してるだけだ、と言うんですね。それが日常の光景なんですよ」
日本の藁人形も類感呪術
「おもしろいことに、呪いをかけるのは、全く別の部族の人ではないんです。もし別の部族が気に入らなければ、戦争でやっつければいいだけだと言う。では、呪いをかける相手は誰かと問えば、戦争を仕掛けたくても仕掛けられない相手だと言う。要するに、同じ亜部族の人間、いわば血縁的にかなり近しい集団なんですね。
呪いをかける対象者は、つねに、ちょっと近い人間なんです。一族の中で話し合っても解決がつかない問題はたくさん出てきます。その解決のためにかけるのが、“呪い”。
日本にもちょっと前まで、藁人形なんてものがあったでしょう? 藁でつくった人形に五寸釘を打つ。古民家を解体すると、天井裏から出てきたとかいう話もありましたよね。あれも立派な“類感呪術”です。
そう考えてくると、手や足を折り取られた土偶は何のためのものだったのか。もしかしたらすごく身近な人間への呪いだったのかもしれない。さらに、何ひとつ欠けることなく、しかし横倒しで出土した“縄文のビーナス”とは、何だったのか、と思えてきませんか?」
講義は、さらにさまざまな問いかけをして終わった。“縄文のビーナス”はしばしば、豊穣の女神になぞらえられる。しかし、海を越え、時を越えて広がる高橋先生の話を聞いたあとは、もしかしたら縄文人の黒い感情が産み落としたものかもしれないとも思えてくる。
縄文時代の研究にはまだ、数多くの謎が残されている。
編集部よりお知らせ:2017年春の「日本考古学入門」はすでに満員(キャンセル待ち)となりました。早稲田大学エクステンションセンターには「会員先行受付」がありますので、会員登録をおすすめします。お申し込みはこちらから。
〔講師の今日イチ〕「呪いはちょっと近しい人間にかけるもの!」
取材講座データ | ||
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縄文文化の最前線 | 早稲田大学エクステンションセンター早稲田校 | 2016年度秋期 |
2016年12月22日取材
文/安田清人(三猿舎) 写真/茅野市尖石縄文考古館、Adobe Stock 仏像イラスト/Yuji HOSHO