世界的ケーナ奏者・岩川光「ケーナから世界が見える」

岩川光とケーナ大解剖@東京医科歯科大学

東京医科歯科大学では年1回、教養部准教授で音楽ライターでもある徳永伸一先生による文化・芸術公開講座が開かれている。2017年は南米を代表する民俗楽器ケーナの世界的奏者・岩川光氏を講師に招き、「岩川光とケーナ大解剖」と題した講座が開かれた。「ケーナを見れば世界がわかる」と岩川氏。2回連載の前編。

  • 公開 :

岩川光氏の動画はコチラから https://www.youtube.com/user/HikaruIwakawa

東京医科歯科大学では年1回、教養部准教授で音楽ライターでもある徳永伸一先生による文化・芸術公開講座が開かれている。2017年は南米を代表する民俗楽器ケーナの世界的奏者・岩川光氏を講師に招き、「岩川光とケーナ大解剖」と題した講座が開かれた。「ケーナを見れば世界がわかる」と岩川氏。2回連載の前編。

ケーナは尺八の兄弟

ケーナ(c)ruslanita/fotolia

ケーナは南米のアンデス文化圏を代表する民俗楽器だが、1本の管に穴が開けられ、一方にU字型、V字型もしくは四角型の吹き口があり、もう一方は筒抜けという簡素な縦笛である。

しかしこのシンプルな笛に、ひとたび息が吹き込まれると、優しい揺らぎと強い響きを持つ音を発する。地球の反対側の楽器なのになぜ日本人はケーナに惹かれてしまうのか。

岩川光氏は、弱冠29歳ながらケーナ奏者として20年のキャリアを持ち、今や押しも押されもせぬ世界的ケーナ奏者・作曲家である。岩川氏はこの講座で、ケーナが歩んできた道のりと、そこから見える人類の歴史についても語った。

『コンドルは飛んで行く』で有名なケーナだが…

「ケーナと聞いて多くの方が、ある曲を思い浮かべると思うんです。そう、『コンドルは飛んで行く』。サイモン&ガーファンクルが歌って1970年に世界的ヒットとなりました。

この曲は1913年にペルー人の作曲家ダニエル・アロミア=ロブレスが書いた、非常に政治色の強い、一種の革命歌とも呼べるようなサルスエラ(オペラの一種)の序曲です。ロブレスはこの曲を、以前ボリビアのラパスという町を訪れた時に街角で聴いたケーナのメロディーに影響を受けて書いた、という説もあります。

実のところ、サイモン&ガーファンクルが歌っているバージョンは原曲とはかなりかけ離れています。また、巷で信じられているように、この曲がアンデスに昔から伝わる旋律というわけでもありません。

いきなり皆さんがケーナに関して知っていたであろうことを、否定してしまったかもしれませんが…(笑)、今日は、こういう一般的な説明よりもむしろ、ケーナという楽器を通じて見えてくる“笛の歴史”、そして“人類の移動と交流”、“繋がっている世界”、そういったものを考えていきたいと思います。

ケーナひとつから、どれだけ僕たちの知らなかった世界が見えてくるか、楽しんで頂ければと思います」

南米の先住民に蒙古斑があるわけは

南米大陸の地図 (c)axellwolf/fotolia

「南米大陸の地図を見てください。西海岸に沿うようにしてものすごく高い山脈が南北を貫いています。これがご存じ、アンデス山脈ですね。ベネズエラ南西部から始まり、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンにまたがる大きなものです。

南米大陸に人類が辿り着いたのは約2万年前。彼らは蒙古人、つまりモンゴロイドで、アジアから来た人々だったと言われています。ですから今でも、南米大陸の先住民系の人たちには子供の頃に蒙古斑があることがしばしばです。

そもそも人類がアメリカ大陸に渡ってきたのは食料を求めてのことでしょう。時は氷河期です。先ずマンモスを求めてシベリアに渡り、その後徐々に南下していったのでしょう。南米大陸に人々が定住して文化が発生したのは今から1万5000年前くらいのことだとされています。具体的には11,000年前ごろの遺物は発見されますからね。日本で縄文時代が始まる頃です」

現存する最古のケーナはいつのものか

「今日までに見つかっている世界最古ケーナとされる楽器は紀元前4000年頃のもので、アルゼンチンのフフイ(サン・サルバドール・デ・フフイ)という町で発見されました。つまりケーナのルーツは少なくとも今から6000年前までは遡ることが出来るということです。

発見された9本のうち2本は演奏可能なほど状態が良好で、それらをもとに僕の友人でもあるアルゼンチン人研究者2名がレプリカを作製しました。

筒の全長は24~5センチくらい、穴が3~4つ開けられていて、吹き口にはV字の切り込みが施されていました。今日の一般的なケーナに比べるとかなり音程は高いのですが、繊細で柔らかい音が特徴で、これによって当時の音階を知る手掛かりも得ることが出来ます」

現存最古のケーナ(写真提供:Milton Blanco)

「ここで話は前後しますが、ケーナという楽器をあえて定義するとすれば、
(1)筒状で、
(2)吹き口部分にV字やU字や四角形の切り込みのある、
(3)ノンリードの気鳴楽器
ということになるでしょう。

例えばオカリナやリコーダーは息を吹き込めば音が出るように、空気の通り道になるブロックが仕込まれていますが、ケーナにはそういったものはありません。

その点からも、また祖先を辿ってみますと、歴史的に見ても、ケーナは尺八の兄弟と言って差支えないですし、世界中に兄弟・親戚のような楽器がまだまだたくさん存在します」

自然が教えてくれた楽器

「ケーナに限らず、いわゆる笛の起源は、竹とか葦の切り口に風が吹いてかすかに音が鳴る、それをそのまま楽器にして、つまり息を風のように吹いて似た音を出してみようと試みた、こういうことなのだろうと考えられます。

そうするうちに、鳥の声を真似たいだとか、そういう欲が出て来た。吹き方も工夫されるようになった。吹き口に切り込みを入れるというケーナのアイディアは、こうした発展の一環として生じたものでしょう。

指孔で音程を変えるという発見はずっと後になってからのことだと思います。事実、穴の前段階として、細長い切り込みなど、様々な工夫の過程が古代の笛には見られます。

実はアフリカ大陸にもケーナと全く同じ構造の笛があります。umwirongiという楽器で、ルワンダやブルンジで親しまれています。筒に3つや4つの穴が開いていて、吹き口もケーナそのものです。

ただ、同じ楽器の中でも、トルコのネイやブルガリアのカヴァルと同じように、切り込みがないただの筒状の吹き口を持つものもあり、笛の発展のプロセスを伝えてくれているようでもあります。

こうした笛がケーナの起源でアフリカ大陸から人類の流れとともに伝えられたのか、両者に共通の祖先となった笛があったのか、今となってはわかりませんが、恐らくは単なる偶然の一致ではなく、そのルーツのどこかでつながっているはずで、このように離れた場所で同じような笛が発展していったのは興味深いことです」

千年前のケーナのレプリカから知る当時の音階

「ちょっと想像して頂きたいのですが、筒を作るのは案外難しいことです。ですから初期の笛には、竹や葦、鳥の羽根の軸など、最初から中が空洞になった筒状の素材が多く用いられてきました。

その後、人類は、そうした自然のものの形を真似て筒状のものを比較的容易に作る方法を生み出します。そう、陶器です。

南米大陸では、紀元前2000年から紀元前1500年くらいから盛んになります。その後、非常に高度な文明が興亡を繰り返しますが、陶器の様式や技術によって、今日の我々もそれぞれが持っていた特色を知ることが出来ます。

今日は紀元1000年くらいにペルーの海岸地帯に栄えたチンチャ文明の陶製ケーナのレプリカを持ってきてみました。先が上向きに曲がった芋虫のような形が特徴です。ちょっと吹いてみます」

千年前のケーナのレプリカ。柔らかく涼やかな音が出る

「聴いてすぐに感じると思いますが、音階が我々が慣れ親しんでいる、いわゆるドレミファソラシドの西洋的な平均律十二音で出来たものではないんです。レプリカを作る意義というのはこのように、この楽器の時代・地域の人々が持っていた音程感や音階を知ることにあるとも言えます。

それから、動物や人の骨も楽器に用いられることがしばしばあります。今日はアルパカの骨のケーナを持ってきました。甲高い音程ですが、独特の柔らかさのある音色です」

マヤ人には和音の概念があった

「中央アメリカで紀元前1500年頃から2000年以上にわたって繁栄したマヤ文明にも非常に興味深いたくさんの陶製楽器がありました。ケーナとは異なり、オカリナ式のブロックを持つ楽器が中心ですが、中には1台で2つ、3つ、多いもので4つの音を同時に出せるものも少なくありません。ここにそうした楽器のレプリカがありますから、実際に演奏してみましょう」

マヤのシングル、ダブル、トリプルの陶製笛

「これらの笛が教えてくれる大変重要なことは、マヤ人あるいはマヤ人を含めて広く中南米の人々は、今から3000年近く、あるいはもっと前から、和音(ハーモニー)を持っていたということです。

これは西洋音楽が“最も進んだ”歴史を持つものだ、と信じて来た人たちにとっては衝撃的なことでしょう。西洋音楽史ではせいぜい早くて紀元8~900年ごろにハーモニーが生み出されたことになっていますからね。しかも世界で最初に彼らが生み出した、と信じている。真っ赤な嘘です。

しかしこれもまた今日の西洋的十二音音階とは当然ながら似ても似つかぬ音程で構成されています。

このような発見があるので、こうしてレプリカを作って研究することはとても重要です。僕は今、マドリッド大学で博士号をとった音楽考古学者エステバン・バルディビアと共同作業をして、こういう実践考古学的な研究をしているところです」

楽器に見えない楽器

こちらが構造は水差しのようだが、中に笛が仕組まれ、水を入れると音が出る、vasija silbatoという楽器。

「中には、権力者の墓などから大量に見つかっていながらも、つい最近まで楽器とは思われていなかったものもあります。

たとえばこれ、vasija silbatoと言います。見た目はちょっと手の込んだ水差しです。しかし、ここに水を入れて傾けると……音がします。水が動くことで空気が押し上げられ、中に仕組まれている笛が鳴る、という仕組みになっています。

すごい発明ですが、紀元前2500年くらいからエクアドルの海岸地方などにあったようです。中には倍音が綺麗に出て音程が変えられるものや、2つの笛が仕組まれているものもあります。

このようにメキシコやグアテマラ、コロンビア、エクアドル、ペルーなど、中南米に栄えた文明は、それぞれ多種多様な陶製笛のバリエーションを持っています。これらの地域では高度な作陶技術が発達していて、その音楽的な部分のみならず、音からインスパイアされたような表象的装飾もすばらしく美しい楽器がたくさんあります。

しかしこうした豊かな文化は15世紀の終わりを境に失われ始めます。そう、ご存知の通り、スペイン人による征服が始まったからです」

(続く)

岩川光(いわかわ・ひかる)
ケーナ奏者、作曲家、音楽プロデューサー
1988年青森県弘前市生まれ。9歳でケーナを独学で始め、12歳の時にはすでにコンサート活動を始めていた。2008年以降はボリビア、エクアドル、チリ、アルゼンチンといったラテン・アメリカ諸国を旅し伝統音楽についての知見を深める。2010 年に東京、2013 年にブエノスアイレスへ居を移し、現在はこの2都市を拠点に、世界各国や国際音楽フェスティバルでの演奏活動を行っている。2017年5月には史上初の試みとなる、ケーナによるJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲1番~3番」の録音を完成させた。http://www.hikaruiwakawa.com/

◆取材講座:「岩川光とケーナ大解剖」(東京医科歯科大学教養部 文化・芸術公開講座 企画者:徳永伸一東京医科歯科大学准教授)

まなナビ☆は、各大学の公開講座が簡単に検索でき、公開講座の内容や講師インタビューが読めるサイトです。トップページの検索窓に大学名を入れたり、気になるジャンルをクリックすると、これから始まる講座が検索できます。

取材・文・写真/まなナビ編集室

 

-教養その他, 講座レポート
-, , , ,

関連記事