クロネコヤマトはマンハッタンの十字路から
「言葉から探る経営と生き方─生活に欠かせないコンビニと宅急便」の講師である武蔵野大学准教授の渡部博志先生は、講義冒頭、下のような写真を指差して、質問を投げかけた。
「皆さん、この写真を見てください。交差点を上から見たものです。この中に宅急便とコンビニエンスストア(以下「コンビニ」)に共通する特徴があるんです。わかりますか?」
あっけにとられながら写真を見る。摩天楼の林立する四つ角である。すると渡部先生はこう続けた。
「宅急便、クロネコヤマトの生みの親、小倉昌男(1924-2005)はマンハッタンのビルから十字路を見下ろして、『これだ!』と思いついたのです。そこにはUPS(ユナイテッド・パーセル・サービス=アメリカの大手貨物運送会社)のトラックがそれぞれの交差点に1台ずつ合計4台停まっていました」
キーワードは“密度”
至近距離に4台も停まっているなんて何と非効率な、と考える人は、小倉のような革命的経営者にはなれないようだ。渡部先生によれば、小倉は十字路に4台ものトラックが必要なのだととらえたのだという。しかし、それとコンビニの共通点というのがわからない。
「皆さんは、四つ角のあっちにもこっちにもコンビニを目にすることはありませんか? 同じコンビニチェーンの店舗が近くにいくつもあって、なぜこんなに集中して出店するのだろうと疑問に思ったりはしませんか? それがコンビニのもつ特徴なのです。つまり、宅急便とコンビニは、“密度”を必要とするサービスなのです」
配送荷物ひとつひとつの利益は薄くとも、それがいっぱい集まれば商売が成り立つ。コンビニも人が多い場所にまとまって出店したほうが、たとえ競合が生じた場合であっても配送の手間や費用は省ける。人が集まる大都市は“密度”が高い商売がうまくいくのだ。それにしても、クロネコヤマトの宅急便が登場したのは1976年。セブン-イレブンが日本で産声をあげたのは1974年。今からたった40年ちょっと前の話である。
渡部先生によれば、宅急便とコンビニの共通点はまだあるという。在庫の利かないサービス業であるということと、そのためにITを駆使しているという点だ。しかしその前に、宅急便の生みの親、小倉昌男の経営哲学について記そう。
早く着きすぎるとゴルフ場が怒る
小倉昌男は大正時代に父親が創業した大和運輸の2代目として生まれた。戦前は近距離路線では日本一のトラック運送会社だったが、戦後、長距離路線に乗り遅れ、収益は悪化していった。当時、配送業者の収益源は商業貨物。たとえば、工場から販売店へのメーカー商品の配送や歳暮・中元シーズンの配送などだ。しかし、販売店への配送は行きは満杯でも帰りは空っぽの片道切符で、歳暮や中元など、繁忙期が限られていた。そんな中で父から経営のバトンを受け取った小倉が出会ったのが、冒頭のマンハッタンの四つ角すべてに停車しているUPSのトラックだった。小倉は商業貨物から個人宅配へと大胆に経営の舵を切った。
そんな小倉の経営哲学の真髄を示す言葉がこれである。
「サービスが先、利益が後」
サービスと利益(あるいはコスト)を天秤にかけて判断するのではない。よいサービスを提供していれば、結果として利益がついてくるのだ、と言い切るところに、小倉の経営者としての真骨頂がある。このサービス精神が、単に物を運ぶだけではない、付加価値の高い宅急便サービスを生み出していく。たとえば配達の時間帯指定、ゴルフ宅急便、スキー宅急便、クール宅急便などだ。
「ゴルフ宅急便を始めた時は苦労も多かったようです。送り主はプレーする日に届いていないと困るので早めに送ります。しかし何日も前に届くとゴルフ場にとっては邪魔になり怒られるので、着日を守らなければならなかった。また、送り主がゴルフ場の住所を覚えていないケースも多かった。また、送るのは送れても、ゴルフ場が宅急便サービスを持っていないとゴルフ場から送り返せない。その交渉もしなければならなかったのです」
なぜクロネコヤマトの車はあんな形をしているのか
クロネコヤマト宅急便のドライバーを、セールスドライバーというが、これは1976年に宅急便をスタートしたときに創った呼称だという。まさに、セールスもする付加価値の高いドライバーというわけだ。当たり前のように利用している宅急便だが、こうして講義を聞いていると、その当たり前のサービスの裏側にどれほど深く強い経営哲学があったかがわかる。そして感動したのが、次の一言だ。
「安全第一、能率第二。これも小倉の経営哲学のひとつでした。ヤマトが生み出さしたウォークスルーバンも、この哲学から生み出されたと思うのです」
それがヤマト運輸のこの車(上の写真)。天井が高く、左側がガラガラと開く。この車が生まれる前は、車の後部から荷物を出し入れするしかなかった。しかしそれでは腰を痛めるし、何より車道にでなければならず危ない。そこで、車の中で作業ができ、運転席から安全な歩道側に出て楽に荷台を開けられる車の開発をトヨタに依頼して完成したのが、このヤマト用のウォークスルーバンだ。
相手がいないときに運んでも仕方ない
時間指定サービスも、小倉のフィロソフィーから生まれたものだと言えよう。それまでは、配達して家に人がいなければ、再配達をすればいいだろうという考え方だった。しかし、相手がいないときに運んでも仕方がないじゃないか、と逆の発想で考えた。それがもとになって時間指定が生まれたのである。結果としてドライバーの手間が減り、利益につながった。これも 「サービスが先、利益が後」の経営哲学ゆえの判断だったという。
このサービスを支え、さらに拡充するために、ヤマトはかなり早い段階から、集配ネットワークのためにITに莫大な投資をしてきた。そのネットワークシステムの名は「NEKOシステム」という。また、2013年には羽田空港のすぐそばに羽田クロノゲートと名付ける巨大な総合物流ターミナルを作った。
「小さい店舗でもやっていける」とセブン-イレブンを
“密度の高い”サービス、ITのフル活用。ここにおいて共通性を持つ業態がコンビニだ。そのコンビニの父と言われるのがセブン-イレブンの創業者・鈴木敏文(現、株式会社セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問)である。
セブン-イレブンの創業は1973年。その10年後の1983年、その商品が、いつ・どのお店で・どのような客(性別や年代)に買われたかといった販売データを把握するPOS(point of sales=販売時点情報管理)システムを全店に導入する。ここまでの規模で導入したのは日本初、しかもマーケティングにまで活用したのは世界初のことだったという。
今から40年ちょっと前。大型スーパーが日本各地にでき、中小の小売店は経営難で青息吐息の時代だった。しかし鈴木はこう考えたのだと、渡部先生は言う。
「当時、中小小売店がつぶれるのは、大規模店ができたからだと思われていました。しかし、鈴木氏は、市場の変化に対応できていないからではないかと考えたのです。のちに、小さい店舗であってもやっていけることを証明したくてセブン-イレブンを始めたと言っているほどです」
高い「金の食パン」が大評判に
その経営哲学は、「仮説・検証をベースに仕事をせよ」。その仮説・検証の礎となるものが、先のPOSデータだったのだ。そして何より、セブン-イレブンで最も大切にされてきた経営哲学は次のものだ。
「『お客様のために』ではなく、『お客様の立場に立つ』」
利用者の立場に立って初めて、利用者がどのようなものを求めているのか、その心の中がわかる、という意味である。何より、利用者の心が第一なのだ。POSはそのためのツールでしかない、目的と手段を混同してはならない、ということだ。
セブン-イレブンはその後も、「セブン銀行」をつくり、プライベートブランド「セブンプレミアム」を世に送り出し、コンビニの新時代を作り続けた。とくに「セブンプレミアム」は、プライベートブランドのイメージを一新するものだったと渡部先生は語る。
「プライベートブランドとは、全国展開するナショナルブランドに対して、小売業者が自社のためだけに作るオリジナルブランドをいいます。そのため、プライベートブランドはナショナルブランドに対して安さを売りにするものでした。しかし、セブンプレミアムは高いものを作り、成功を収めたのです。その典型例がおいしいと大評判になった〈金の食パン〉です」
全国に“眠らない街”をつくった二人
2016年、鈴木は社長交代案が取締役会で否決されたことから、引退を表明した。小倉昌男も鬼籍に入って12年が経つ。しかし、宅急便とコンビニは、驚くほど私たちの生活を変えた。いま私たちは全国から(時に世界中から)欲しいものを取り寄せ、時間を気にせずに買い物をする。かつて盛り場にしかなかった“眠らない街”は、いまやどこにでもある。時間と空間という大きな制約を気にしなくとも生きていける世の中になったのだ。
“現代”をつくった二人の経営者。その経営を知ることで、私たちは自分たちの暮らしの本質を知ることができる。最後に「経営」を学ぶ意義について、渡部先生に聞いた。
「経営と聞くと、社長のための学問と思われる方が多いのですが、そうではないのです。経営とは英訳すると“マネジメント”。今あるもので何とかやっていく、という意味です。クラブ活動にも、町内会にも、マンションの理事会にも、ボランティア組織にもマネジメントが必要です。身近なところでは家計運営だってマネジメントでしょう。資産、人員、時間、スペース、能力、そういったものを何とか活用して理想に近づけていく。そうしたことを知るのに、経営学は非常に役立つと思うのです」
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文/まなナビ編集室 写真/SVD