千年の昔から京都はゲームの都だった
この5月の立命館土曜講座のテーマは「ゲーム学の可能性」。担当するのは、日本で唯一の“ゲームの学術的機関”「立命館大学ゲーム研究センター(RCGS)」だ。センター長には、任天堂で「ファミコン」の開発に携わった上村雅之(同学映像学部・客員教授)先生が就任している。
「なぜ京都でゲーム?」と思うのだが、じつは京都は「日本のゲームの揺籃の地」であるという。
任天堂は京都発祥の会社であるし、ゲーム、つまり遊具や玩具での遊びは、宮廷文化の中で育まれてきた。そういわれてみれば、平安時代に貴族たちが興じた「蹴鞠」や「貝合わせ」などもゲームといえる。その京都でゲーム研究に取り組むのがこの機関であり、稲葉先生もゲームを研究対象のひとつとしている。
稲葉先生は語る。
「ゲームをやりすぎると社会性がなくなる、感情がなくなる、といったことが言われますが、それらの説には科学的根拠がありません。また、凶悪事件が起きるたびにゲームとの関連が報道されることがありますが、ゲームが悪いのではなく、人間が悪い(笑)。<ゲーム=悪>というステレオタイプの社会的風潮がいまだにあると思います」
「ゲーム脳」という言葉が流行ったのは15年前のこと。この言葉の生みの親でありベストセラー『ゲーム脳の恐怖』の著者である森昭雄氏は、独自開発した簡易脳波計でゲーム中の脳波を測定し、テレビゲームなどの電子機器の操作が人間の脳に悪影響を及ぼすと主張した。
ゲームと子供の社会性を調べた2つの研究
この主張はマスコミなどで取り上げられ、大きな反響を呼んだ。しかし、脳科学者を含む多くの研究者から、研究手法や脳科学への専門知識についての疑義が出され、今では科学的根拠がないものとされているという。
稲葉先生は、ゲームと子供の社会性についての2つの研究を紹介した。ひとつは、1990年代に東京の200人の小学生を対象にゲームと社会認知能力の相関関係を調査した、お茶の水女子大学の坂元章教授の研究だ。