そして、この講師陣がすごい! それぞれが高級テーラー店主であり、国家検定の紳士服製造1級技能士。『仕立て屋の恋』の無口な主人公イールとは大違いで、お三方とも朗らかでお話し好き。当たり前だが仕立てのいいスーツをビシッと着こなし、はつらつとして姿勢も立ち居振る舞いも美しく、熟練した男性としての色気がプンプン漂う。
白瀬一郎先生(79才)は全日本洋服協同組合連合会顧問で、この講座の発起人のひとりでもある。ボタンつけが致命的に下手くそな私に、素晴らしい指さばきで、ボタンつけの技を教えてくださった。
それは、表のボタン側の離れた部分から縫い始められた。ボタンから離れた、しかも表側にぽつんと玉どめがある状態だ。え、これでいいの!? と思いきや、その後、ボタンと布地の間の糸をしっかり固定。最後にその玉どめも切ってしまった。それでも糸は緩まない。さらに玉どめもどこにもない!
まさに「神ってる」ボタンつけの技に、すごいとしか言いようがない。正直、私に再現できるかはかなり怪しいが……。
指揮者ならピアニストなら
亀岡良典先生(82才)は1級技能士全国競技会で2位を受賞した凄腕にも関わらず、ニコニコとかわいいおじいちゃまといった風貌で、「この講座で指導するようになって、教えることの難しさを実感しました。夢にまで見るんですよ。自分も勉強になってます」と、とても謙虚。
宮坂信弘先生(75才)は数か月先まで予約が取れないカリスマテーラーで、趣味は50年続けている合唱。「今どき、燕尾服をつくるなんて音楽関係者ぐらいしかいないから、趣味が実益を兼ねてるの(笑)。指揮者が着るなら腕を上げたときにもジャケットが引きつれないように、ピアニストなら袖が演奏の邪魔にならないようになど、着る人に合わせて細部まで調整して仕立てるんです」とは、もう想像もつかない。
このそうそうたる匠たちが、技能伝承と人材育成のために並々ならぬ情熱を注ぎ、文字通り手取り足取り指導してくれるのだ。しかもほぼボランティアで! 受講料16万円は、決して誰もがポンと出せる金額ではないが、受講生がみな声をそろえて「安い」という。なぜなら、1回に換算すると6000円弱。講座の内容が、これはお得すぎるのではないかと思わせるハイレベル&充実ぶりなのだ。