なぜ祖先の霊を祀るのか。欧米と違う日本の時間概念

石井研士國學院大學副学長が語る「シニア年代と豊かさ(儀礼文化の面から)」その2

私たち日本人は西欧とは異なる時間概念を持つといわれる。それが円環的な時間概念だ。その始まりは祖先の霊がちぎれて赤ちゃんの体内に宿ることに始まる……。かつて日本人がイメージした生と死のサイクルとは。

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私たち日本人は死んでも祖霊となって再び蘇るという
円環的時間概念を持っていた (c)fotolia

私たち日本人は西欧とは異なる時間概念を持つといわれる。それが円環的な時間概念だ。その始まりは祖先の霊がちぎれて赤ちゃんの体内に宿ることに始まる……。かつて日本人がイメージした生と死のサイクルとは。

 日本人がイメージしてきた〈老い〉の豊かさとは

かつて「老いる」ということはけっして、マイナスなこととしては捉えられていなかった、と國學院大學副学長で神道文化学部教授の石井研士先生は語る。

石井先生は民俗から「老い」を学ぶものとして、2冊の本を挙げる。それが、柳田国男の『先祖の話』と、宮本常一の『忘れられた日本人』だ。

「柳田国男の『先祖の話』は戦後まもない1946年に書かれたものです。この中に、柳田が多摩丘陵で出会ったある老人の話が出てきます。停留所である老人と会った柳田は、そのおじいちゃんが終始にこにこしているのが気になり、なぜそんなに幸せそうなのか尋ねます。おじいちゃんは、自分のこれまでの人生を話しながら、6人いた子供の身の振り方も決まり、自分の墓所も用意でき、死んだ後は祀られてご先祖さまになるのだと言い、にっこり笑った、それが印象的だったと書き残しています。

宮本常一の『忘れられた日本人』は1960年の本です。宮本は旅の巨人と言われるほど全国を歩き回り、主に農村のフィールドワークを続けた民俗学者です。この本の中で彼は、自分の幼少時のおじいちゃんとの交流を通して、おじいちゃんの持つ知恵を、口だけではなく生活体験として、一緒に生活のリズムを刻む中で学んだこと、自分もいつか老いたら自分の得た知恵を子供や孫に伝えていけるだろう、といったことを書き記しています。

これが日本の伝統的な〈老い〉のとらえ方でした。老人は家族という共同体の中で知恵者として生き、子孫によって祀られる存在であり、そこに〈老い〉の豊かさや幸せがあったのです」(石井先生。以下「 」同)

キリスト教的な時間概念は直線的

それに関わってくるのが、日本人の時間概念だ。

前の記事「ペット七五三、無音盆踊り、激変した日本の年中行事」で紹介したように、日本人は1年を円環としてとらえてきた。そしてそれは人間の時間についてもそう考えてきたのである。こうした時間のとらえ方と異なるのが、キリスト教的な時間概念だという。その特徴は〈直線的〉であることだ。

キリスト教的な時間概念は直線的なのです。まず世界に始まりがあり、6日をかけてさまざまなものが創造されました。神は天と地や動植物などを次々と創造し、6日目に神に似せた人を創造し、7日目にお休みになったのです。

このように、始まりがある一方、キリスト教には終わりもあります。それが世の終わりで、終末論といわれるものです。

聖書では、世の終わりとして、飢餓、戦争、民族対立、地震、偽のキリストの出現などの10の兆候を記しています。そして終末が近づくとキリストが再臨し裁きを行うとしています。これが千年王国論です。

つまりキリスト教で人間の時間とは、神が世界を創造してから終末までの時間なのです」

では日本人の円環的な時間概念は……

これに対して日本人の時間概念は円環的だといわれる。日本人の学者だけでなく、アメリカ人の日本学者ヘルマンも、日本人の死生観を円環としてとらえていたという。

さまざまな研究者がとらえた日本人の生死観図式。
右上がヘルマン、右下が坪井の作成したもの(講座レジュメより)

ヘルマンの図をもとに民俗学者・坪井洋文(1929-1988年)が作ったのが、有名な生死観図式(上図の右下の図)だ。

ヘルマンと決定的に違うのは、ヘルマンは円環が切れているが、坪井のものはつながっている点だ。それを石井先生は次のように解説する。

「まず生死のサイクルは大きく4つに分けられます。
成人化過程
成人期
祖霊化過程
祖霊期
です。

まず生まれてくることは、赤ちゃんの肉体の中に魂が入ることだととらえられています。しかし魂が宿った直後は、うまく体に魂がなじまない、そこで「生誕」直後にはたくさんの成長を祈願する儀礼があります

「お七夜(おしちや=名づけ祝い)」とか「五十日(いか)の祝い」「百日祝い(お食い初め)」などがありました。3才、5才、7才には健やかな成長を祈願して「七五三」を祝います。昔は乳児死亡率が高かったのですが、それは肉体と魂がなじまないためだとしてたくさんの儀礼が行われたのです。生誕してからを「成人化過程」と呼んでいます。

やがて「成人式」を迎えますが、そこで成人化過程は終わりません。本当に大人になったと認められるのは、「結婚」してからです。

結婚後は「成人期」となり、その後、幾度かの「厄年祝い」や、還暦(60才)・古稀(70才)・喜寿(77才)・米寿(88才)・白寿(99才)などの「賀の祝い」を経て亡くなり、葬式となります。

亡くなった後は「祖霊化過程」へと入ります。肉体から離れた魂は荒ぶる魂、荒魂(あらたま)なので、鎮魂儀礼をしなければなりません

そのためにあるのが「年忌」です。「初七日」から始まって、「四十九日」「百が日」「一年忌」「三年忌」「七年忌」「十三年忌」「十七年忌」「二十三年忌」「二十七年忌」と続いて、「三十三年忌」でようやく弔い上げとなります。いわば仏さまの期間です。祖霊化過程を終えて祖霊となります。

ここからが「祖霊期」で、私たちが神になる期間です。魂はその家の霊の中に入り、安定します。

そして、その大きな御霊の一部がちぎれて、赤ちゃんとして母の胎内に宿ります。そしてまたこの世に生まれるのです

 日本人の魂のゆくえはどこに

ここで気づくのが、「お七夜」に対して「初七日」、「五十日の祝い」に対して「四十九日」といった対応だ。

それは、前の記事「ペット七五三、無音盆踊り、激変した日本の年中行事」で紹介した1月7日の「七日正月」と7月7日の「七夕」、1月15日の「小正月」と7月15日の「盆」が対応しているのと似ている。

このように、自分はたとえ死んでも祖霊となって子孫に祀られ、また、子孫を見守り、やがてはまたこの世に発現する、そう信じることが、かつてはできた。

しかし現在、この円環の「祖霊化過程」「祖霊期」は失われつつある。子供たちが自分を祀ってくれるとは限らない。そもそも未婚のまま、あるいは子供を儲けずに一生を終える人が急増している。

生涯未婚率は現在、男性23%、女性14%だが、10年以内に25%~30%にまで達するとの予測もある。4人に1人から3人に1人は生涯独身になる時代がすぐそこまで来ているのだ。

墓じまいも盛んだ。子どもたちに墓の面倒を見させたくない、面倒な檀家づきあいをさせたくないという親も増えているし、子どもの方もしきたりや金銭的負担を嫌う。

石井先生は問いかける。

祖霊という概念を失った私たち日本人の死生観は、今後どう変わっていくのでしょうか。かつて老人は知恵者として尊崇を集める存在でしたが、急激にそうした価値観が失われ、高齢者はキレたりクレームをつけたりする存在になってしまいつつあります。成熟した社会が求められているのですが、なかなかそのようにはならないのです。

かといって壊してきたものは元には戻せない、昔のようなべたべたした人間関係には戻れない、しかし西洋のような個人主義にまではなれない。

私たちはいま、これまでのロールモデルを見失いつつあるのです。一方で平均寿命は延びていきます。70才まで働いたとしてもあと20~30年間、働かない時間がある、その時間を人間としていかに楽しく有益に生きていくか、という問題に直面しています。

そんななかで、行事とか儀礼といったものが、地域と人とを結び付けたり、家族の共同体の絆を深めたり、社会からの疎外感を感じずに生きていけたりすることに、大きな力を発揮していくのではないかと考えています。

人生100年時代に向けて、どんな儀礼を残し、新たに作るべきか。シニア世代が豊かに生きるヒントはそこにある気がします」

わかりやすく民俗学を解説する石井研士先生。
『日本人の一年と一生 変わりゆく日本人の心性』『プレステップ宗教学』など著書多数。

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◆取材講座:「変わる社会-これからのシニア世代」第5回「シニア年代と豊かさ(儀礼文化の面から)」(共催:一般社団法人全日本冠婚葬祭互助協会・互助会保証株式会社・株式会社冠婚葬祭総合研究所/國學院大學オープンカレッジ渋谷キャンパス)

取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子) 写真aijiro/fotolia

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