なぜ幽霊は足がなく、斜めを向いて水辺に立つのか

【Interview】清泉女子大学副学長 佐伯孝弘先生(その3)

“幽霊”と聞くと、怖いもの見たさに心浮き立つのが日本人だ。何でも世界的に幽霊好きなのは、イギリス人と日本人らしいのだが、両国の幽霊には決定的な違いがある。足があるか、ないか、だ。そこで、10月から「文学からみる〈日本の幽霊と妖怪〉──日本人の好きな「怪異」「幻想」」と題した連続講座を開講する清泉女子大学副学長の佐伯孝弘先生に、その理由を尋ねた。

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ジョサイア・コンドルの設計による清泉女子大学本館で幽霊について語る佐伯先生

“幽霊”と聞くと、怖いもの見たさに心浮き立つのが日本人だ。何でも世界的に幽霊好きなのは、イギリス人と日本人らしいのだが、両国の幽霊には決定的な違いがある。足があるか、ないか、だ。そこで、10月から「文学からみる〈日本の幽霊と妖怪〉──日本人の好きな「怪異」「幻想」」と題した連続講座を開講する清泉女子大学副学長の佐伯孝弘先生に、その理由を尋ねた。

幽霊に足はない、はいつから?

佐伯先生は江戸文学の研究者で、特に怪異小説にくわしい。佐伯先生に、江戸の幽霊画の特色を解説してもらった。

「幽霊は女性が多いんですが、美しい幽霊と、極端に怖い幽霊のどちらかに分かれます。つまり美人か醜女。中間はいないんです。また、格好もだいたい決まっていて、髪は日本髪を解いた、さばき髪(いわゆる、ざんばら髪)。衣装は死装束の白帷子(しろかたびら)で、足がすうっと消えています。ただし足を描かなくなったのは、江戸中期くらいからで、それまでに描かれた幽霊画にはちゃんと足があります」

よく、幽霊画を得意とした円山応挙(まるやまおうきょ。1733-1795年)が足のない幽霊を描いたことが、日本の幽霊画から足が消えた理由だといわれるが、そうなのだろうか。

「応挙の幽霊画にはたしかに足がありません。ただ、それが最初だというのは俗説ですね。元禄期(1688-1704年)の芝居絵や浄瑠璃絵には、足のない幽霊が描かれた例がありますから。ただ、応挙の幽霊画の影響は大きく、弟子も多かったので、幽霊は足がないのが定番になっていったということは言えますね」

幽霊は見てはいけないもの。だから……

幽霊画は顔の向きにも特徴があるという。 「真正面から顔を描いたのものはほとんどないんですね。多くは斜めに構えていて、後ろ姿のものもあります。袖で顔を隠しているものも多いですね。また、蚊帳や屏風の衝立の向こうに座っている姿が描かれることも多いです」

なぜ、真正面からの顔がほとんどないのだろうか。

「それは幽霊は見てはいけない存在、顔を合わせてはいけない存在だからです。幽霊はあっち側の世界の住人。なかには、逆立ちしている幽霊もいます。逆立ちしているというのはこっち側と反対の世界にいることの象徴です。恨みを晴らすとまた、元の正しい向きに戻って成仏していきます」

闇の存在を際立たせるために

幽霊はあっち側の世界にいる、闇の存在。しかし、真っ暗闇では肝心の幽霊が見えない。そのため幽霊の近くには明かりが描かれていることが多いという。

「幽霊画をよく見ると、行灯(あんどん)とか灯籠(灯籠)が描かれています。明と暗が描かれることで、対象がはっきりする。明を描くことで闇の部分が目立つのです。また、絵師もけっこう気を遣っていて描いていて、微妙な明暗の対照を崩さないために、隠し落款(らっかん=署名や印)を使っていることも多いですね。たとえば幽霊画の中に屏風が描かれていると、その描かれた屏風の中の落款が絵全体の落款になっている。そういうのを隠し落款というのですが、それくらい雰囲気を壊さないように描かれたものが幽霊画です」

幽霊が水辺に描かれるわけは?

幽霊画の背景には、水辺などが描かれることが多い。佐伯先生は、水辺というのは境界の象徴だという。

「幽霊が描かれている背景をみると、水辺が多いんです。井戸だったり、川辺だったり。民俗学では水辺というのは境界です。出会っちゃいけないものが出会う場所です。河童などもそうですね。幽霊はあっち側からこっち側に顔を出すものだから、境界となるものが背景に描かれることが多いのです」

さらに佐伯先生は、一般に版画が多い浮世絵のなかでも、幽霊画と春画(しゅんが。交合場面を描いた絵画)は肉筆が多いという共通点があるという。その理由は、両者とも、金持ちが特別注文することが多かったからだ。

「肉春画と幽霊画はオーダーメイドの需要がありました。春画の場合は、個人的な楽しみや、武家の子女の花嫁道具にしたりという需要があったから。では、幽霊画をなぜ注文したかですが、おそらく怪をもって怪を制するためだったのではないかと思うのです。怖い絵を飾っておけば怖いものが侵入してこない、そういう縁起物だったのではないかと。しかし、その意図が代を経るにつれて忘れられ、なぜこんな怖いものが家にあるのか、縁起でもないということで、子孫が寺に持っていく例が多い。そのような事情から、寺に幽霊画が伝わることが多いのです」

日本における怪異の精神風土について5回シリーズで学ぶ「文学からみる〈日本の幽霊と妖怪〉──日本人の好きな「怪異」「幻想」」講座は、10月7日から始まる予定だ。

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妖怪と幽霊の違い 民俗学が矛盾乗り越え定義するまで
日本はお化け好き、でも中・韓は違う本質的理由

文・写真/まなナビ編集室

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