『がんばれ』という言葉はなぜ人をイラつかせるのか

大川清丈帝京大学准教授『がんばる』ことの社会学

年賀状に「今年こそがんばります」「お互いがんばりましょう」と書いた人いませんか? 私たちはよく「がんばる」という言葉を使う。就職面接では「がんばります!」、スポーツ選手には「がんばって!」。しかし考えてみれば、何をがんばれというのか。帝京大学文学部社会学科准教授・大川清丈先生は「がんばる」について考えてみることを勧めている。

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帝京大学は都心の霞ヶ関キャンパスで社会人向け講座を夜間開講している

年賀状に「今年こそがんばります」「お互いがんばりましょう」と書いた人いませんか? 私たちはよく「がんばる」という言葉を使う。就職面接では「がんばります!」、スポーツ選手には「がんばって!」。しかし考えてみれば、何をがんばれというのか。帝京大学文学部社会学科准教授・大川清丈先生は「がんばる」について考えてみることを勧めている。

車いすの人に「がんばって」と声掛けする無神経

「学生に指導をすると、必ず『がんばります』と返してきます。スポーツ選手を応援する時に私たちは『がんばって』と声をかけ、選手も『がんばります』と返事をするでしょう。

年賀状に『今年こそがんばります』『お互いがんばろう』などと書くこともあります。就職活動の際には面接官に『何をいかにがんばったかをきちんと話せる学生の内定率が高い』という話もあります。

では『がんばる』とはいったいどういうことなのでしょうか」

こう語りかける大川先生。場所は帝京大学霞ヶ関キャンパスの社会人向け講座「『がんばる』ことの社会学~努力主義的に見る人生のリノベーション~ 」。

社会学を専門とする大川先生が『がんばる』について意識し始めたのは、何気なくかけられた『がんばって』という言葉が、病気や障害を持つ人たちを傷つけることもあるという、ひとつのコラム記事からだという。

「その記事(朝日新聞『天声人語』1996年1月7日)には、車いすの方が『足が不自由でもがんばってね』と何度も言われると、『足が不自由=不幸だと思われている』と感じるとありました。産まれてからずっとこの足と付き合ってきて、このままでも充分幸せなのに、なぜ『がんばれ』と言われるのかと。

また耳の聞こえない子どもに先生が繰り返し『がんばれ』と声をかけたという話もありました。いくらがんばっても『がんばって』としか声をかけられなかった子どもの困惑が伝わってきました」(大川先生)

うつをわずらっている人に『がんばって』は禁句だというのは今や常識になりつつある。がんばりたくてもがんばれないから辛いのだ。

「何をがんばるのですか?」と聞き返したくなる

「阪神淡路大震災の時、被災者の方は、何度も周囲から『がんばって』と声掛けされ、そのたびに『何をがんばるのですか?』と聞き返したくなったといいます。周りで何人も人が亡くなってうちひしがれているときでした。しかし同じ被災者からの『がんばろうね』にはそう感じなかったのです」(大川先生)

立場を同じくする人からの『がんばって』は受け入れられるが、話しかけてくる相手によっては無神経で残酷な言葉になってしまう。

『がんばる』はさまざまな問題を孕んでいる言葉だ。大川先生が講義でこの話をし、受講生にレポートを書いてもらったところ、こんな意見が上がったという。

不登校の当事者だった人からは──
「『不登校だった頃、周りからよく『がんばれ』と言われました。この言葉を聞くたびに『これ以上何をがんばれというのか』と悲しくなりました』」

自分が当事者でなくとも友人が不登校だったという人からも──
「『不登校の友達にクラスのみんなから手紙を書いたのですが、ほとんどの人が『がんばって』と書いているのを見て、変な感じがしました。本人はがんばっても無理だから休んでいるのに…』」

都合のよい表現だから安易に頻繁に使われ……

『がんばる』を使うことの是非を決めることはもちろんできない。大川先生は『がんばる』という言葉を切り口とすることで、日本社会が見えてくるという。

受講後『がんばる』という言葉が気になるようになった。毎日私たちは、仕事でのやりとりや、ちょっとした挨拶に「じゃあがんばってね」と口頭やメールで伝えている。そこには何のわだかまりも特別意識もなく、「じゃあ」だけだと素っ気なさすぎるから何かつけておこうくらいの感覚だ。

これに替わるちょうどよい言葉はなかなか思い浮かばない。応援しているよという気持ちを適当に込められる都合の良い表現だからこそ安易に頻繁に使われ、そしてそれに傷つく人もいるのだ。しかし次の事例では『がんばる』が互いの心が一つになる言葉となった。

「東日本大震災の時には『がんばろう、日本!』という合言葉もありました。これは日本全体が未曾有の事態に陥り、一丸となって復興しようという意識があったのでしょう」(大川先生)

社会的弱者に向けて強者がかける『がんばって』は相手にプレッシャーになるが、同じ立場で気持ちを分け合う相手からの『がんばろう』は励みになる。

あなたはどんな時に『がんばって』を使っているだろうか。

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大川清丈おおかわ・きよたけ
帝京大学文学部社会学科准教授
1964年東京都生まれ。京都大学文学部哲学科社会学専攻卒業。専攻は比較社会学、歴史社会学。著書に『がんばること/がんばらないことの社会学――努力主義のゆくえ――』(ハーベスト社 2016年)ほか。

◆取材講座:「『がんばる』ことの社会学~努力主義的に見る人生のリノベーション~ 」(帝京大学霞ヶ関キャンパス )

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取材・文/和久井香菜子 写真/まなナビ編集室 (c)jonnysek/fotolia

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