物覚えの悪いマウスの餌に不足していた栄養素とは?

知的にアンチエイジング

老化のメカニズムを詳しく解説する芝浦工業大学の「脳の老化ってどんなこと?~からだのサビが認知症を引き起こす!~」講座で、同大システム理工学部教授の福井浩二先生は2匹のマウスをスクリーンに映し出した。うち1匹は、物覚えが悪いマウス。それは人為的に脳を酸化させたマウスだった!(前回の記事:臓器の中で脳が最も酸化しやすい 2つの理由」)

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(写真はイメージです)(c)Rob_Fotolia

老化のメカニズムを詳しく解説する芝浦工業大学の「脳の老化ってどんなこと?~からだのサビが認知症を引き起こす!~」講座で、同大システム理工学部教授の福井浩二先生は2匹のマウスをスクリーンに映し出した。うち1匹は、物覚えが悪いマウス。それは人為的に脳を酸化させたマウスだった!(前回の記事:臓器の中で脳が最も酸化しやすい 2つの理由」)

物覚えのよいマウスと、物覚えの悪いマウス

スクリーンに映し出されたのは、左右2つに分かれた画面。どちらも同じ円形が映し出されているが、よく見ると円形プールを上から撮影したもので、中でチョロチョロと泳ぎ回る白いマウスの姿が見える。

どちらのプールにもマウスの足がつかないほどの水が満たされている。だが、それぞれ1か所だけ、プールの右上あたりに透明な支柱が設置されている。

それは、マウスがひと息つくことができる“浅瀬”だ。マウスは毎日このプールを泳がされ、あちこち泳いだ末にこの浅瀬を見つける。プールには○や□、△などの印がついており、それを手がかりに浅瀬の場所を覚えるのだ。何日も繰り返し訓練を続ければ、即座に浅瀬に向かうようになる。学習するのだ。

2つの画面には、すでに学習を積んだマウスが泳ぐ様子が映し出された。だが、左右2匹の動きは明らかに違う。左側のプールのマウスは浅瀬にまっすぐに向かい、すぐにそこでひと息ついた。ちゃんと学習できている。

だが、右側のプールのマウスはあちこち泳いでもどこにもたどり着けない。要するに物覚えが悪いのである。

2匹とも月齢や訓練期間など条件は同じ。違うのはエサだ。

物覚えの悪いマウスに与えられていたエサは……

左側のマウスが与えられたのは通常のエサだが、右側のマウスが与えられたのはビタミンE抜きのエサだ。

ビタミンEは抗酸化作用がある。それを抜いたエサを与え続けられたため、脳の酸化が進み、物覚えが悪くなったのだ。

会場からざわめきが起こった。この日、最も記憶に残る場面だった。

必死に泳ぎ続けるマウスは、円形プールの縁を反時計回りに必死にたどっていくが、浅瀬を見つけることはできない。ほら、すぐそこだよと声をかけたくなる。歩き始めた我が子を見る気持ちだろうか。いや、私もほかの多くの人も、そこに見たのは、年老いた自分の姿だろう。

賢いラットと、賢くないラット

次に現れたのも2つの画面。だが、今度はプールではなく、ふつうの小さな部屋だ。

どうやらそこにいるのはラットらしい。2つとも部屋の大きさは同じ、そして今度はエサも同じだ。違うのは、右側の部屋には、ラットが乗ってクルクルと回って遊べる遊具が置かれていること。左側の部屋には何もない。果たして差が生じるのだろうか。

しばらくこの環境で育てた後、またあのプールで実験を行う。遊具を置いた部屋のラットのほうが賢かったという結果が出た。

「動物園でも”環境エンリッチメント”の考え方が取り入れられてきました。この実験でもその効果がわかると思います」(福井先生)

無味乾燥な檻ではなく、樹を植え、水場をつくるなど環境を改善することで”飼育動物の幸福”を図るのが環境エンリッチメント。多くの動物園が採り入れている。

話題は動物だが、言わんとするところは明白だ。人間でも同じ。豊かな環境で生きがいがあれば、人は充実して暮らせる。だが、刺激のない平坦な毎日ならば……。

これらは福井先生がふだん行っている実験のひとコマだ。映っていたのはあくまでマウスやラットだが、多くの人は親や知人、そして将来の自分の姿を重ねたに違いない。

酸化がダメなら運動はよいのか悪いのか?

「脳の酸化」と聞くと、運動をしたほうがよいのかどうか気になる。講座では、酸素消費量が多ければ、身体の細胞の酸化が進み、老化が進むという話だった。

ならば、何もしないのが一番なのだろうか。

福井先生によれば、確かにプロレスや大相撲、アメリカンフットボールなどの選手は短命の傾向があり、それは激しい運動や訓練により、酸素消費量が多いためと考えられる。だが、ふつうの人が歩いたりジョギングしたりすることは何の問題もないという。運動せずに肥満になれば、脳からの分泌物質が変わり酸化を進める。やはり「適度な運動」は欠かせないのだ。

今からでも遅くない、抗酸化物質をとろう

そこで気になるのは、今からでも間に合うのかということだ。年齢とともに人間の身体の中には酸化物質がたまる。それが50年も60年もたまり続ければ、今さら対策を採ったところで無駄なのではないか。

しかし福井先生ははっきりした口調で断言した。

「決して遅くはありません。今から何か始めることには意味があります」

断言するには根拠がある。マウスの実験では、若い時から抗酸化物質を与え続ければ物覚えがよくなるが、与えなければ脳が老化(酸化)し物覚えが悪くなっていった。しかし、充分に抗酸化物質を与えられずに育った老齢のマウスでも、ある時から抗酸化物質を大量に与え始めると物覚えが改善したのだ。

確かに若い時から与え続けたマウスにはかなわない。だが、何も対策を採らなかったマウスに比べれば、違いは明らかだったという。

世界で最も長生きしたのは122才まで生きたフランス人女性、ジャンヌ・カルマン。彼女は赤ワインが大好きだったという。赤ワインには抗酸化成分のポリフェノールが含まれている。福井先生も毎日たしなんでいるという。

「ただし1日1杯にとどめておいてください、私はイッパイ飲んじゃうんですけどね」

駄洒落でしめた福井先生。今からでも遅くない、脳の酸化と闘おう。物覚えの悪いマウスにならないように。

◆取材講座:「脳の老化ってどんなこと?~からだのサビが認知症を引き起こす!~」(芝浦工業大学公開講座)

取材・文/まなナビ編集室

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