イラク考古庁が価値なしとしたアッタール洞窟発掘秘話

メソポタミア文明を探る@国士舘大学イラク古代文化研究所

今年2017年に創立100周年を迎えた国士舘大学。そのイラク古代文化研究所が40周年を迎えるのを記念して「メソポタミア文明を探る」と題した公開講座が開かれた。そこで語られた内容は、まるでサスペンスドラマを見るような、謎と推理と、発見の連続だった。

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イラクのアッタール洞窟

今年2017年に創立100周年を迎えた国士舘大学。そのイラク古代文化研究所が40周年を迎えるのを記念して「メソポタミア文明を探る」と題した公開講座が開かれた。そこで語られた内容は、まるでサスペンスドラマを見るような、謎と推理と、発見の連続だった。

面白いところだけ味わえるのが公開講座の魅力

警察官にこう聞いたことがある。「刑事ドラマってどう思いますか?」
現場を知っている人にとって虚構の世界はどう見えるのか聞いてみたかったのだ。答えは「ドラマはいいよね、2時間で事件が解決するから」

なるほど、視聴者は犯人逮捕に至る一番大変な部分はすっ飛ばして、ダイジェストで面白いところだけを見せてもらっているわけだ。この話を思い出したのは、この「メソポタミア文明を探る」講座がまさに40年余にわたる発掘調査から、面白いところだけをダイジェストで味わえる贅沢三昧の講座だったからだ。

登壇したのは、国士舘大学イラク古代文化研究所の松本健教授、前橋工科大学学長の星和彦氏、国士舘大学イラク古代文化研究所の小口裕通教授だ。

星学長は、建築の専門家としての視点で発掘調査の報告をされた。また、小口教授は、これまで研究所が行ってきた研究の成果と、今後について語った。課題として、発掘調査の資料の整理と写真のデジタル化が挙げられた。

それぞれ大変興味深い内容だったが、ここでは特に松本教授の「アッタール洞窟群発掘」の経緯について紹介したい。

アッタール洞窟は、イラク西南沙漠にある。オーストラリアのエアーズロックにも似たような、ひたすら大きな断崖だ。アッタールには断層に沿って掘られた洞窟が無数にあり、迷路状になっている。天上は平らだが、床面は4〜5mもの高低差がある部分もあり、でこぼこ。割れ目にはコウモリが大量に住みついている。

当初イラク考古庁は、洞窟が出来た要因は水や風による浸食など自然の力によるものだとし、人間の集団が住みついた痕跡はないとしていた。しかし国士舘大学側は泥灰岩層のクラック(裂け目)を利用して掘削された、いわば人造の施設だと反論した。最終的にイラク政府は調査を依頼し、これが後に国士舘大学イラク古代文化研究所創設のきっかけになったという。

 4シーズンかけて掘ってもなにも出ず……

1972年、生まれて初めて海外へ渡航した松本教授が「ここを発掘してくれ」と連れて行かれたのが、このアッタール洞窟だった。洞窟内には、掘った岩クズが大量に積み上げられていて、それを取り除く作業がひたすら行われたという。

「私たちは4シーズンかけて掘りました。しかし何のための洞窟かわからなかったのです」(松本先生)

発掘現場は過酷で、ホコリにまみれ、コウモリの糞の臭いが満ちていた。掘っても掘っても、出てくるのは岩クズばかり。厳しい状況に耐えながらの作業で、結果が出ないことほど虚しいことはないだろう。

 ようやく出土したナツメヤシの枝からわかることは

しかしようやく、ナツメヤシの枝が数本出土した。これだけ掘り続けて、出たのがナツメヤシだけ。しかしそれだけでも、わかることはある。

「この洞窟は、コウモリの糞を集めるためのものではないか」ということだ。

「今でも、現地にはナツメヤシの小枝を使ってコウモリの糞を集めている人がいます。我々が調査をしている横で、トラックでやって来て糞を採集していく村人の姿を見かけたこともあります。糞を売買している集団がいるんです。出土したナツメヤシを年代測定してみると、最も古いもので紀元前1500年、それから連続して少しずつ新しいものが発見されました。毎年糞を集めに来ていたんですね。糞を集めて肥料にするなどして使っていたのでしょう」

コウモリの糞の採集のためだけに、これほど大きな洞窟が掘られたのだろうか。ところがその後、新しい発見があった。

 ムラサキガイで染めた貴人の衣服が出土

洞窟の入り口近くに、埋葬所が発見されました。盗掘にあって残されているものはわずかで、バラバラの人骨とボロボロの衣服が発見されました。埋葬された時代は西暦2〜3世紀。ヨーロッパで言えばローマ時代、中東はササン朝ペルシャの時代です。

洞窟の中にあったので保存状態がよく、帰国して文化女子大学や川島織物で洗浄してみたら、ムラサキガイで染めたみごとな文様が浮かび上がってきました。この “Γ”(ガンマ)や “H” 型の文様は、聖者や天使などの大変高貴な人のみがつけることを許されていたシンボルなのです」

出土した染織品の一つが、下の人物紋綴織(つづれおり)だ。黄色の王冠をかぶった王らしい人物である。そのほかブドウの葉と実の髪飾りをつけたディオニソス(ローマ神話ではバッカス)や、王らしい人物や貴婦人が表された綴織も発掘されている。

発掘された染織品のひとつ、黄色の王冠を被る人物紋綴織

一般人が身につけることができない布が埋葬所から発掘されたということは、被葬者が高貴だったということだ。文明のあった街からは遠く、コウモリの糞にまみれて臭い場所に? なぜなのか。

ところが、その後もメソポタミアの首都だったキシュから発掘されたものと同じ土器が出土したり、教会が発掘されたりと、重要な遺跡がたくさん見つかった。

「洞窟の見晴らしのいい場所には、誰かが生活した仮住まいもいくつか発見されました。恐らくこれは見張り台です」

発掘された土器の一部。当日の講座スライドより

 見張り台と思われるものが示す、洞窟の存在意義

都市から遠い洞窟に、なぜ見張り台が必要なのか。それも歴史の断片をつなぎ合わせるとわかってくる。

「新バビロニアの最後の王ナボニドゥスが、即位後から10年ほど、タイマという地に住んでいたことがわかっています。アッタールは、バビロニアの首都バビロンとタイマの中間地にあります。このルートは、アラビア半島の重要な交易路だったのでしょう。もしかするとシュメールの時代から交易は始まっていたかもしれません。その後、イスラムが起こり、ビザンツとの戦いが起こったときも、このルートはたいへん重要な地だったはずです」

コウモリの糞にまみれた発掘から始まり、イラク考古庁が「考古学的に価値がない」と見捨てた場所だったアッタール洞窟。しかし申請を続け発掘を続けたところ、膨大な出土遺物が発見された。執念とも言える長く辛い作業だったはずだが、こうして講座で聞いてみれば、まるでサスペンスドラマを見るようだ。

講座後に松本教授にそう伝えると、「こっちは大変だったんですよ! ホコリまみれだしコウモリの糞は臭いし」 。

長く辛い発掘作業の末の発見は望外の喜びだろうが、そうした苦労を凝縮させ、講座でダイジェストを聴くのは、ことのほか贅沢なのだとも思う。

近年、イラクは戦火による混乱が続き、 文化遺産の略奪・盗掘が頻発している。また現在、現地調査も情勢が思わしくないため中断されている。戦争は遺跡調査にも大きな影響を与えている。平和を願うことは、人命を思うことだけではなく、こうした学問をサポートすることでもあると気づかされる。

情熱をこめてアッタール洞窟調査を解説する松本教授

◆取材講座:「メソポタミア文明を探る」(国士舘大学イラク古代文化研究所)

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取材・文・写真/和久井佳菜子 写真/国士舘大学提供

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